頼みごと
「よう、ケイン。元気してたか」
レアルは唖然としているケインに対して気さくに声を掛けた。レアルとは浅からぬ縁がある商人だ。
「お~い、聞いてるか~?」
声を掛けても驚きのあまり思考が止まっている所為か反応がない。
ケインの目の前で何度か手を振るとようやく反応した。
「え、ちょっと待て、お前レアルだよな?」
「しばらく会ってないからって、俺の顔忘れたのか?」
「いや、そうか。やっぱりお前か」
ケインはレアルの顔をまじまじと見つめながら納得した。
「それでお前は何でここにいるんだ?」
「何でってお前に用があるに決まってるだろ」
「え、用って、まさか・・・・」
「そう、お前に頼みたいことがあるんだよ」
ケインの顔がまた驚愕に染まる。そして、若干青くなったところでケインは少し後ずさった。
そのまま逃亡を図ろうとしたのだが、走り出す前にレアルに肩を組まれて逃げられなくなってしまった。
そして、少し前かがみになりながら小声で話し始めた。
「まぁまぁ、そんなに怖い顔すんなって」
「離せ!!俺はもう仕事が終わって後は飯食って寝るだけなんだ!!」
「話せ?頼み聞いてくれんの?いや~心の広い友人を持って俺は幸せだ」
「ちげぇよ、馬鹿!!誰がそんなこと言った!?」
レアルの頼みごとを断固拒否するケイン。
何とかしてレアルの拘束から逃れようとするが中々抜け出すことができない。
体格はケインの方が少し大きいが、傭兵であるレアルには敵うはずもない。
「おいおい、待ってる彼女もいないのにそんなに急ぐことないだろ」
「うっせぇ!余計なお世話だ!!」
「そう暴れんなって。よく考えて見ろよ、ここで逃げたって何も変わらねぇぞ。俺が二度とここに来ないわけはないんだから。てか、ここで逃げたら、今日中にお前の家突き止めて居座るぞ」
「怖いわ!!」
「別にただ働きさせようって言ってんじゃないんだからさ。話ぐらいは聞いてくれてもいいだろ?」
レアルにそう言われてケインは少し考え込む。
頭の中でどうするべきか少し唸りながら考える。そして、考え終わったのか大きなため息を付いた。
「・・・分かったよ。話聞くだけな」
「おう、そうか。助かるよ」
「脅しといてよく言う。てか、まだやるって言ってないからな」
ケインはもう一度大きなため息を付く。それから仕方ないといった感じでサラの方へと向いた。
「もう一回奥の部屋借りるから。お願いね」
「え、あ、はい。分かりました。大丈夫ですか?」
「どうだろうねぇ・・・」
サラに心配されたケインは疲れた笑みを浮かべながら曖昧な返事を零す。
「じゃあ、こっちだ」
ケインは重い足を動かして先ほどの部屋へと入って行った。
◇◆◇◆◇◆
「何か、無駄に広い部屋だな」
部屋に連れてこられたレアルの第一声はそれだった。
部屋の内装は貴族との商談を行う場所なため豪華なものばかりだ。広々とした部屋の中心にテーブルとソファが二つぽつりと置いてある。
「無駄とか言うな。国のお偉方とかも来たりするからな。これくらいはしないと駄目なんだよ」
ケインが反論するがレアルは特に興味を示した様子もなくソファに腰かける。
「お前は遠慮ってもんを知らないのか?」
「俺とお前の中に遠慮なんていらないだろ?」
「いや、いるよ。絶対必要だ」
レアルが座ったのでケインも対面するようにソファに腰かけた。
「それじゃあ、話を進めようか」
「ちょっと待て」
レアルが早速頼みごとについて話そうとしたとき、ケインは手を前に突き出してそれを遮る。
「何だよ?」
「頼みごと聞く前に色々と聞きたいことがあるんだけど」
レアルはそれを聞いただけでケインが何を聞きたいか理解した。
少し時間は取るが一応頼みに来ている立場なのでそれくらいは答えるべきだろうと思い、レアルはケインの質問に答えることにした。
「いいぞ」
「じゃあ、お前は何であの学院の制服着てるんだ?」
「ちょっと仕事でな」
「傭兵が学生のふりをする仕事ってどんな仕事だよ」
「ちげぇよ。俺が自分で選んだんじゃなくてタリアに押し付けられたんだよ」
「タリア?ああ、あの美人の師匠様か」
ケインとの付き合いは結構長い。なのでタリアの事も知っている。あったこともあるほどだ。
「てか、お前学校なんて通えたんだな」
「何かタリアがあの学院の卒業生でさぁ。学院長からタリアに頼まれた依頼が俺に回ってきて、それで受けてみたはいいけど生徒として生活する羽目になったんだ」
「いや、そうじゃなくてお前勉強とかできるんだなって」
「馬鹿にすんな。頭の出来は悪くない方なんでね」
「うわぁ~むかつく言い方だ」
ケインはレアルに嫌味を言ったつもりだったがあまり効果はなかったようだ。
「にしても貴族に混じって学院生活か。どんな感じなんだ?」
「編入して次の日には学院中の嫌われ者になったな」
「お前なにしたんだよ」
ケインは呆れたように呟く。
このことに関してはレアルは全く悪くない。
「別に何もしてねぇよ。まぁ、貴族たちは俺みたいなのが気に食わないんだろ」
「てか、そんな中でよく生活できるな」
「仕事だから仕方ないんだよ。別に何かしてくるわけじゃないから問題ない」
「相変わらず図太い神経してるな」
確かにレアルの神経はかなり太いと言えるだろう。あれだけの誹謗中傷を受けながら全く気にした様子がないのだから。
ローレンスに絡まれたときも全く動じることなくあしらっていた。そんなことはもう慣れていると言わんばかりに。
「なぁ、貴族の女の子とか可愛かったりするのか?」
「・・・何だ、いきなり」
唐突に変わった話題に驚いてレアルはケインに聞き返してしまった。
「いや、だからさぁ。貴族の家に生まれた子はみんな綺麗だとか言うだろ?そこんとこどうなんてんのかなぁって」
「どうって・・・まぁ、見た目は綺麗なんじゃないか?」
性格云々は別として見た目だけなら綺麗な女子が多かったはずだ。
「おお、やっぱりそうなのか!」
「何興奮してるんだよ。てか、お前だって貴族相手に商売くらいしたことあるだろ?」
「俺が相手にしてるのはいつも中年親父とかオバサンばっかだよ。お前みたいに若い綺麗な娘を見れる羨ましい経験はしてねぇの」
「羨ましいか?あれが?」
レアルは学院にいる女子生徒の事を思い出してみる。
学院にいる生徒は基本的にレアルみたいな平民には仲良くなろうとは思わない。中には冷たい態度で見下す奴もいる。
レアルは編入当初の噂もあってかその風当たりはきつい。
あからさまに避けられているし、目が合ったりするとすぐに視線を逸らされる。
それを考えると、いくら綺麗な女を拝めるからと言って自分が羨ましい経験をしているとは思えなかった。
「あれがって、お前どんだけ贅沢なんだよ!」
「いや、お前も実態を知ると羨ましいとか思えないから」
「その中にさぁ、仲良くなった娘とかいないのか?」
「それは・・・いないこともないのかなぁ?」
「何で疑問形なんだよ?」
レアルはアイシャのことが思い浮かんだが、かなり曖昧な返事をした。他の生徒よりは仲がいいと言えるが、彼女の接する態度を見れば、仲がいいとは言い難い。
「疑問形でもいることはいるんだな。でさ、その娘に会ったりとかできないか?」
「・・・会ってどうするんだよ?」
レアルがケインに向ける視線が呆れに変わる。何となくケインの言いたいことが分かってしまったのだ。
「そりゃ、仕事するに決まってるだろ。俺の事を知ってもらって贔屓してもらうんだよ」
「それであわよくば、学院の女子と仲良くなろう、と」
言葉に隠れた本音を言い当てられてケインは狼狽える。
ケインの分かりやすい反応を見てレアルはため息を付く。
「あのな、気持ちは分からんでもないが歳の差くらい考えろよ。ロリコン」
「やめろ、その言い方!!俺だって十歳も離れた子供と付き合うとか考えてねぇよ!!ただ、知り合いになれたら出会いの機会も増えるかもって思っただけだ」
ケインはレアルのロリコン発言を全力で否定する。
「はいはい、ダンスも踊れないのに貴族と知り合ってもどうにも何ねぇよ」
「余計なお世話だ」
「てか、もういいだろ?そろそろこっちの用事を済ませるぞ」
頼みごとをしに来たはずなのにくだらない話でかなり時間を食ってしまったとレアルは少し後悔する。ケインはため息を付いてさっさと話せと言わんばかりに身構える。
レアルはまず学院長に頼まれた依頼から話し始めた。
「今回俺が受けた依頼はあの学院の学院長に頼まれたものなんだ」
「学院の関係者が何でまた傭兵なんかに頼みごとするんだよ?貴族がらみっていうなら軍が動くんじゃないのか?」
「色々面倒なんだよ。何せが噂の調査だからな」
「噂の調査?」
ケインは依頼の種類が思いのほか小さい案件だったことに驚く。だが、内容はかなり大きいが。
「そんなの一々傭兵に頼むとか、金持ちの考えることは分かんねぇな。どんな噂なんだ」
「それが、この国で騒ぎになった貴族狩りについてだ」
「・・・また、物騒な話題だな」
ケインもこの国に住んでいるためその噂についたは聞いたことがあるようだった。かなり騒がれていたから知っていて当然だろう。
そして、そこまで聞いてケインはレアルが何を頼みに来たのか分かったようだ。
表情がかなり憂鬱そうになっていたのでレアルはすぐにそのことが分かった。
「お前なら貴族狩りについて何か知ってるんじゃないかと思って今日ここに来たわけだ」
「そんで、もし知らなかったら調べてこいとか言うんじゃないよな?」
「理解が速くて助かる」
ケインはがっくりと頭を落として大きなため息を付く。
しばらくその体勢を取った後、ケインは頭を上げた。その顔は明らかに納得しておらず抗議の目を向けていた。
「あのな、何回言えば分るんだよ。俺は商人だぞ?そういう頼みだったらほか当たれよ」
「今は、商人だろ?過去のお前を知っている身としてはお前ほど適任はいないと思ってるんだ」
「だから、その仕事はやめたんだって!!」
自分の過去のことを言われてケインは声を荒げる。
レアルはケインの過去を知る数少ない人物だ。
ケインが商人の以前にやっていた仕事というのはあまり真っ当なものではなかった。その仕事とは情報屋だった。
ケインは元々孤児でどこにも身寄りがなかった。そこを彼の育て親である情報屋の男に拾われたのだ。
その男に拾われてからは男の仕事ぶりを見ながら情報を集める技術を自ら磨いていった。
ケインが十五の頃、突然育て親の男が病に倒れて亡くなってしまった。そして、それと同時にケインは情報屋として活動を始めた。
育て親の仕事ぶりを見ていたためか、元々そういった才能があったためか、その両方なのか、活動を始めて数か月で普通の暮らしができるようになった。
ケインは情報を集めるのが速く、何より正確だった。数年してケインの存在は同業者の中でも噂になって軍や貴族と言った連中からも依頼が届くようになった。
だが、ケインは金が多く入るからという理由で盗賊団や犯罪組織などにも情報を売るようになっていた。
そんな生活がしばらく続いていたある日、変化は突然訪れた。ケインはその日盗賊団のアジトに行って情報料を貰う予定だった。
けれど、アジトに行くといきなり盗賊の一人に殴られた。なぜ殴ったのかと聞くとケインが渡した情報が偽物で盗賊団が壊滅的な被害を受けたらしい。
そのことに怒った盗賊団の報復を受けてケインは死にかけた。
運よく死ぬことはなかったがその時の恐怖が原因でケインは情報屋止めて、現在の商人の仕事に就いたのだ。
「別に噂を調べる程度、危険なんてないだろ」
「そうじゃなくて情報屋の仕事とはもうきっぱり縁を切りたいんだよ」
「前の頼みは受けたじゃねぇか」
「確かに受けたけどさぁ・・・」
「それに情報屋の時の伝手とか使って商売やったりしてるんだろ」
「うっ、それは・・・・」
だんだんとレアルに何も言い返せなくなってきたケイン。
ちなみに情報屋の時の伝手を使って商売をしているということはレアルには話したことがない。ケインはレアルの鋭い洞察力に涙が出そうになる。
「そ、そうだ!」
ケインは何か思いついたのか声を上げる。
「どうしたんだ?」
「さっき危険はないって言ってたけどそうじゃないんだよ」
「そうじゃないってどういう意味だ?」
「今の王都は物騒な奴が居てな。そいつが夜な夜な人を襲うんだよ」
「ただの通り魔だったら軍の連中が捕まえるだろ」
何を話出すかと思えば単なる通り魔の話だったのでレアルは落胆する。職業柄、通り魔やそれより恐ろしい輩を何にも見ているのでレアルには特に珍しいものではなかった。
「まぁ、話は最後まで聞け。その通り魔はもう四人も襲ってるんだが誰も姿を見たことがないんだよ」
「被害にあった奴らが全員死んでるからだろ」
「被害者の三人は死んでるんだけど、最初の一人は何とか逃げて生きてるんだ。でも、襲われてる時に後ろを振り返っても誰もいなかったって。後ろに何かいるっていう気配はするんだよ。でも、姿は見えないんだ。それでその通り魔についた渾名がゴースト」
「まさか死人が人の魂求めて彷徨ってるとかいうんじゃねぇだろうな」
「巷ではそんな風に噂されてるよ。まぁ、そいつが本当の幽霊かどうかは別として、今夜を出歩いたりすると危険だからお前の頼みは受けられない」
ケインはやり切ったというような表情をする。もうすでに情報屋ではない商人のケインがわざわざ危険を冒してまで余計な仕事をする必要はない。
ケインはレアルもこれで諦めてくれるだろうと思い一安心した。
だが、そう簡単に思い通りになるほど玄室は甘くない。
「じゃあ、そのゴーストがいなくなれば、お前は俺の頼みを引き受けてくれると」
「え?」
レアルから発せられたのは諦めの言葉ではなく、確認のための質問だった。
「どうなんだ?」
「え、ああ、そうだな」
突然、問いかけられたのでケインは思わず了承してしまった。
「言質は取ったぞ」
レアルは笑みを受けべながらそう答えた。そして、ケインの返事を聞けたことで十分目的は達成できたのかレアルは立ち上がりドアへと向かう。
ケインはそれをしばらく眺めているだけだった。
「また来る」
去り際にそう言い残してからレアルは部屋を後にした。
そして、レアルが去った後、我に返ったケインにどっと疲れが押し寄せてくる。それと同時にとてつもない後悔をした。
「・・・・やっちまった」
あのレアルの顔は確実にゴーストを捕まえる顔だとケインは思った。その時の顔を思い出してケインは今日一番のため息を付いた。




