オーレスト商会
カイトと別れたあとレアルは正門を抜けて学院の外へと出た。
今レアルが住んでいる学院寮は学院の敷地内にあるので外に出る機会はない。休日になると外へ出かける生徒もいるが、レアルは編入やら魔導大会やらでそんな暇はなかった。
なので学院の外に出たのは久しぶりだ。
ほんの数週間だけ学院の中で生活していただけなのにレアルは外の世界が随分久しぶりに感じられた。
けれど、今は物思いに更けている暇はないので早速王都へと向かった。
学院は王都から少し離れた場所に建っているのでしばらくの間移動しなければならない。
王都へと向かう手段はもちろん徒歩。貴族の生徒なら馬車を持っていそうだがないものはない。
レアルは道中、王都に向かう商人がいないか見渡していたが都合よく通りはしなかった。
そして、少し日が傾き、太陽が夕日に変わろうとしている時間に王都に到着した。
「ようやく着いたか。たく、王都の中に学院作ればよかったのに。あ~疲れた」
到着早々、レアルはしゃがみこんで愚痴を零す。
『なら、もう帰るか?』
すると、頭の中で声が響く。
「それだと俺ここに何しに来たんだよ」
『健康のため体を動かしに来たと思えばいいだろう』
「何だよ、それ。絶対似合わないって、その台詞」
『確かに、爽やかなお前は想像できんな』
自分で言っておきながらなぜかレアルを罵倒する二クス。姿は見えないがレアルには四六時中銀髪の精霊が憑りついているのだ。
『座ってないで、早く目的を果たしたらどうだ。あまり遅くなると寮監や教師に絡まれるぞ?』
「うわぁ~嫌だな」
二クスに言われてその風景を想像する。レアルの頭にはミレイナが怒っている顔が容易に想像できた。
実際にそうなるのは遠慮したいレアルは気だるげに立ち上がった。
『それであの男は今、王都にいるのか?』
「さぁ、どうだろ」
レアルは人に会うと言っていたが何かしらの約束があるわけではないようだ。
『いなかったら、本当に無駄に体を動かしただけだな』
「そういう萎えること言うなよ。まぁ、いなかったらいなかったで手紙でも残せばいいし」
『だったら初めから手紙で頼めばいいだろう?』
「そうで来たら楽だったんだけど、あいつ多分断ると思うから。だから、直談判しに言ってるわけ」
レアルは門をくぐり、大通りを進む。
前に王都に来た時ほどではないが大通りはそれなりに賑わいを保っていた。
買い物をする主婦や露店で品を売る店主、追いかけっこをして遊んでいる子供など結構な人がいる。
誰もがみんな当たり前のように笑っている。
『平和、か』
「どうしたんだよ?」
『いや、何でもないさ。ほら、早く行かないか』
「へいへい」
適当に返事をしながらレアルは再び歩き出す。
大通りをしばらくの間まっすぐ進んでいくとまたも外壁にたどり着いた。王都は王都全体を守る外壁とその内周部の街と街を隔てる外壁の二つがある。元々は戦争中に敵国の侵入を許した場合、一気に城に攻め入られないようにするために造られた外壁だ。ほとんど戦争をしなくなった今ではあまり意味をなしていない。
だが、この外壁はここに住む者たちにとっては別の意味を持っていた。
外壁の門をくぐると街の雰囲気ががらりと変わる。
木造だった建物が石造りへと変わり、地面も綺麗に舗装されている。外壁の中の街は防衛戦を想定して作られているので頑丈なつくりとなっている。
店の外装なんかも少し派手さが増し、豪華になっている。
この外壁が何を隔てているかというとここに住む者たちの身分だ。
この外壁の内側は稼ぎの多い商人や貴族たちなどの裕福層が住んでいて、外壁の外側はほとんど平民が住んでいる。
これも戦争の名残だ。身分の高い者たちは戦争中に国内に攻め込んできてもすぐには危険にさらされないように外周部の街よりも頑丈なつくりの内周部の街に逃げ込み、平民たちを外周部の街に追いやったのだ。
戦争中は身分の低い者たちの扱いが酷かった。兵士でもないのにまだ成人にもなっていない子供が戦場に駆り出されたり、身分の高い者だけが優遇されるので国内でも飢えに苦しむものが多く出た。
今は戦争が終わっているからみんなあんな風に笑っていられるのだ。
だが、そのとき根付いた差別というものは簡単になくなるものではない。
内周部の街に行くのに特に制限は設けられていない。けれど、外周部に住む住人はあまり内周部の街に近づこうとはしない。
表だって不当な扱いを受けることはないが、内周部の街に入れば奇異の目で見られるのだ。
レアルも学院の制服という身なりのいい恰好でなければその視線の的にされていたかもしれない。学院の制度についてはあまり知られていないようでマントを付けていなくても学院の生徒ということでそれなりに身分の高いと勘違いされているのだろう。
「平和であっても人は変わらないか」
『何だ、聞こえていたのか』
「そりゃ、頭の中で呟かれたからな」
『意地の悪い』
独り言を聞かれていたことを知って二クスはどことなく拗ねたような声を出す。こういった感情を出している二クスはかなり珍しい。
「何かいいことでもあったのか」
『いきなりどうした?』
「いや、いつもとちょっと違うなって」
『学院に散策にも飽きていたころだからな。窮屈な場所から解放されて清々しく思っている』
「あの学院が窮屈って・・・」
レアルは二クスの価値観に呆れた。それに景色を見飽きたと言ったが、広大な敷地を誇る学院の中を全て見回ってしまったのだろうか。
『敷地内は粗方見て回ったな。どこもかしこも生徒ばかりでゆっくりする場所はなかったが』
二クスはレアルが授業をしている最中はほとんど学院の散策をしていたようだ。毎日同じことを繰り返していれば飽きも来るだろう。
「てか、先月より目撃情報増えてんだけど」
『そうか。別に問題ないだろ』
「あるよ。どんだけ実体化してんのお前」
『別にまじかに見たものはいないさ。なんであるか正体さえ分かっていなければ特に問題はない。お前が私の退屈をどうにかしてくれるなら少し控えるが』
それを言われるとレアルは言葉に詰まった。
片手間に授業をしながら二クスの相手をするのは無理だ。二クスの声は実体化しなければレアルにしか聞こえないがレアルの声は口に出さなければ二クスには聞こえない。
二クスと会話しているレアルを見た人は空に向かって話しているか、独り言を言っているようにしか聞こえないのだ。
最近はアイシャがお目付け役として隣にいるのでそんな姿を見られれば頭がおかしいと思われかねない。
レアルは自由すぎる精霊にひどく頭を悩ますしかなかった。
『それにしても、まだ着かないのか?』
「え、ああ。もうすぐだと思うんだけど、何かこの辺り結構入り組んでるし」
王都に来て時間が経ったが目的地にはいまだにたどり着けていなかった。
『道は分かっているのだろうな?』
「それは大丈夫だ。たく、無駄にごちゃごちゃとした街だな」
レアルは悪態をつきながらも入り組んだ街を進んでいく。
街がこうも入り組んでいるのは金持ちや権力者共の都合により作り変えられていっているからだ。
人は古い物よりも新しいものを好む。そういったものが現れるとすぐに取り入れて街が変わっていく。
目的地の場所はオズワルドから聞いているので迷うことはないだろう。
進んでいくうちに道が広くなっていく。そして、開けた場所に出ると大きな洋館が現れた。
「お、ここか」
豪華な外観に学院の校舎と同じくらいの大きさがありそうな洋館だ。
洋館の出入り口からは多くの人が出たり入ったり行きかっている。
レアルもそれに混じりながら洋館の中へ入って行った。
◇◆◇◆◇◆
オーレスト商会。
それはエールトリス王国最大の商業組合だ。主な仕事は、国内の物資の流通を促し、安定した利益を生み出すこと。国から委託された他国からの貿易品の管理や貸金庫で貴族の財産を預かったりもしている。
王都にあるオーレスト商会の本社では毎日たくさんの商人が訪れていた。
社内はもうすでに夕刻だというのに多くの商人たちであふれかえっている。あるものは商人同士で商談を纏めていたり、あるものはこれから送る物品の確認をしている。
そんな中、奥にある部屋から一人の男が出てきた。
身なりからして貴族なのだろう。初老で太っていて不健康そうな体。頭は禿げていてふてぶてしい顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。
その貴族が部屋を出て、ほどなくして別の男が出てくる。
肘まで袖をまくった青いシャツに茶色いベストを着て、同じく茶色いズボンをはいた三十半ばくらいの男。顎には薄く髭を蓄え、茶髪の髪は少しボサボサとしている。
「全く、貴族の相手は疲れるねぇ」
男は頭を掻きながら疲れを吐き出すように大きな息を吐いた。先ほど出てきた貴族と商談をしていたようだ。
「けど、今回はかなりいい稼ぎになったな。今日の晩飯は豪勢になりそうだ」
商談がうまくいったのか男の顔に笑みが浮かんだ。
男の名前はケイン・ウィルド。このオーレスト商会に十年務めている商人だ。
元々、商才はあまりなかったが、前の仕事の才能を生かし、こつこつと業績を上げていき、最近では大きな商談を何度か成功させて、そこそこ名の知れた商人となった。
ケインは長い商談で緊張していた体をほぐすため大きく体を伸ばした。体を伸ばすと固まっていた筋肉が伸び、二、三度骨がなる。
「はぁぁぁぁ。さて、帰るか」
伸ばした体を脱力させた後、ケインは出入り口へと向かう。
商会に勤めているからと言って何時まで働かなければならないという規則はない。その日の自分の仕事が終わっていしまえば後は自由だ。
ケインは先ほどの商談で潤った財布を見つめながら、どんな夕食にするか考える。
そして、出入り口のある受付まで来たところで社内の異変に気づいた。
多くの商人たちが集まっているため商会の中はいつも騒がしい。けれど、今はいつもの喧騒が少し静まり多数の視線が受付に向けられていた。
視線を向けられた先には受付嬢と白い制服を来た学生だった。
白い制服は王都から離れた場所にあるエルトリス学院のものだとケインは分かった。マントは付けていないため平民の出なのだろうということも。
後姿で顔は見えないが受付嬢に対して何か頼み込んでいるようだ。
ケインはそれを見てまたか、大きなため息を付いた。
紹介の受付嬢の名前はサラと言って笑顔が可愛い女性だ。
身近に美人がいれば男たちも寄ってくるわけで、時々商会の商人や噂を聞いたこの町の住人達が彼女を口説こうと言い寄っている。
すぐそこにいる学生もその手の輩と同じ理由だろうとケインは結論付けた。
何度も頼み込んでいるようでサラも営業スマイルが苦笑いになっている。
サラも一年くらい前にここに着たばかりなのでどうあしらえばいいか分からないように見える。
さすがに彼女の仕事の邪魔になっているため、学生にはここいらでお引き取り願った方がいいだろうと思いケインは受付の方に向かった。
「そこ何とかならない?」
「ですから、突然言われましても・・・」
近づいていくと二人の会話が聞こえてくる。内容からしてケインは自分の予想が当たったと思った。
「身分を証明するものがない方を当商会の商人に会わすわけにはいきません」
「だから、俺の名前出したらあいつも分かってくれるって」
けれど、ケインの予想は外れたようだ。この学生はこの商会の商人に用があるらしい。
ふと、そこでケインは学生の声がどこか聞き覚えのある声だと気づく。それに、目の前の黒い髪にも見覚えがあった。
知り合いにこの学生とにた人物がいたがケインはその可能性をすぐに否定した。
その知り合いは学生なんてものじゃなくて傭兵という仕事についているのだ。
「あっ」
サラが近づいてきたケインを見て声を漏らす。サラの視線が後ろに向いていることに気づき学生も後ろに振り向いた。
「あ」
「え」
目が合った二人が声を出したのはほとんど同時だった。
「レアル!?」
そして、少し遅れてケインは振り返った学生の名前を呼んだ。
多分、ケインの人生の中で絶対に忘れることのない顔だ。




