協力者
「何というか、肩すかしな幕切れね」
「ん、何が?」
魔導大会の予選が終わった次の日、もう定番となりつつある食堂でレアルたちは集まっていた。食事をするわけではないが話をするにはちょうどいい場所なのである。
他の生徒も一部を除いてアイシャがレアルと一緒にいるのを気にしなくなってきている。
ちなみにカイトは決勝トーナメントに参加しているので今はいない。
「あなたの試合よ。あそこまで追い詰めておきながら最後が指輪の破損で負けるなんて・・・・」
「確かに昨日は惜しかったですね」
「いやぁ、俺もびっくりだ」
試合に負けた本人のレアルは特に気にした様子は見せずに答えた。
それも当然だろう。あの試合では負けることが目的だったのだから。
実を言うとあの砕けた指輪もレアルの仕業である。試合中にあらかじめ指輪を壊しておき、それを最後のシャルロットを追い詰めた場面で落としたのだ。
「他人事みたいに言うのね」
「終わったこと言っても意味ないからな。というか、昨日やる気出し過ぎてなんか今日は何にもする気が起きないし」
「いつも通りに戻りましたね」
意外にもユーナが反応した。彼女は悪気はないのだろうがはっきりとレアルを貶した。
「ん、いつもはもうちょっと違うぞ」
「そうね。いつもはもっとやる気がないわ」
ユーナに対して反論しようとしたがアイシャに追い打ちを掛けられレアルは何も言えなくなってしまう。自分でもその通りなのだと自覚があるようだ。
「あ、そういえば、昨日の試合で気になったことがあるのですが・・・」
「何かしら?」
「試合の途中、シャルロット様が神格者の力を使わなくなったのはなぜなんでしょうか?」
ユーナは昨日の試合を思い出しながら呟く。
「ああ、あれ。あれはそうだなぁ・・・・なんか説明するの面倒だな」
「だったら、手短に終わらせなさい」
「いや、短くするのが無理だから。まぁいいや。神格者の力は魔力を使わないのは知ってる?」
二人はレアルの問いかけに頷いた。
「神格者が使ってる力の源はマナでもないらしい」
「魔力でもマナでもない・・・・」
「じゃあ、何をもとに力を使っているんですか?」
「いや、それは分からないんだけど、神格者はまだ解明できてない未知の力を使ってるわけ」
今は力の源は重要な部分ではないので適当に説明した。
「今その未知の力っていうやつは神格者の体に埋め込まれてる霊石の中にため込まれてるんじゃないかって考えられてる。もしくわ、この世界のどこかに神格者の力の源があって、霊石を通して力を供給しているとかなんとか」
神格者についてはほとんどが謎に包まれている。なにせ、人より神に近い者なのだ。そう簡単に理解できるはずもない。
「その力の源を使えば神の力が発動するんだけど、その神の力も無敵ってわけじゃない」
「何か弱点みたいなものがあるのかしら?」
「そうだ。実は神の力は魔力に弱いんだ」
「魔力に、ですか・・・?」
ユーナはまだよく分かっていないのか疑問符を浮かべながらレアルの言葉を復唱する。
神格者の神の力が自分たちが日常的に使っている魔力に弱いということが受け入れられないのだろう。
実際に力を見てみれば神の力が魔力に弱いと思わないのも当然だ。
「弱いって言っても別に魔力が神の力に強いわけでもないんだよ。関係としては反属性みたいな感じかな」
「それは魔力と神の力は互いに打ち消しあう性質を持っているということ?」
よく魔法を防御するときや効果を打ち消すときには反属性の魔法や魔力が使われる。それは反属性には互いに打ち消しあう性質があるからだ。
その打ち消しあう性質を利用して魔法を相殺して無効化する。
「平たく言えばそうだな」
「でも、なぜそうだと言えるの?」
「ほら、俺昨日さ、魔力の盾であの先輩の雷防いだだろ?あれがいい例だ」
「ただ盾で攻撃を防いだようにしか見えなかったのだけど」
「逆に言えば、あの盾だけで攻撃を防いだんだ。それって十分な証明になると思うが?」
アイシャはそこまで言われてレアルの言葉の意味に気づく。
神の力とまで称される能力を『基礎魔法』の盾だけで防いだのだ。初心者が使うような練習用の魔法で。
普通ならそんな練習用の魔法で神の力を防ぐことなどあり得ない。
だが、魔力と打ち消しあう性質を持っているのなら少なくともおかしなことではない。
「それに俺が来てた外套。あれには対抗魔法の術式が刻まれていて、多少魔力も含んでいた。だから、あんな布でも雷を一瞬だけ止めることができたんだ」
「なるほど、それで神の力に魔力が有効なのは分かったけど、シャルロットさんが途中で神の力を使わなくなったのはなんでなの?」
「それはこうやったんだよ」
レアルは自分の手の甲をアイシャたちに見せながら、昨日シャルロットにやったように自分の手の甲を魔力の塊で覆った。
「未知の力が溢れてくるのは霊石からだからな。こうやって神の力に耐性がある魔力で覆ってやれば力の発動もできないだろ」
「それをやるために素手のまま向かっていったのね」
アイシャは昨日の試合を思い出し、丸腰の状態でシャルロットに向かっていった理由を理解したようだ。
「でも、それだけだと神の力で壊されてしまうんではないですか?」
「それは大丈夫だ。神の力を発動させるためには一度未知の力を体外に放出しなきゃいけないからな」
「どうしてですか?」
「魔法は魔法陣に魔力を流して発動するだろ?それと同じで神の力も未知の力をあの雷に変えるための魔法陣の代わりがあるんだ。多分、魔法陣の代わりっていうのが霊石なんだと思う。その霊石は魔力で覆って何も流せないようにしてたから壊される心配もなかった」
説明をし終えるとレアルは手の甲を覆った魔力を分解する。
アイシャはレアルの説明を聞いて納得したようだ。
「それにしてもレアルさんは意外と物知りなんですね」
「そうね。本当にただの平民の家庭で育ったのか疑わしいくらい知識があるようだけど」
「全部師匠の受け売りだよ。あいつの知り合いにも神格者がいたみたいでそいつと闘ってる時に気づいたらしいぞ」
「・・・神格者と闘える実力があるのなら、なぜ浮浪者なんかになってるの?」
アイシャはどこか呆れたように聞いてくる。
「あれだ。働かないからだろ」
「それだけの実力があるのなら働き口ならすぐに見つかると思いますが・・・」
「上司とか部下とかが面倒くさいらしい」
「はぁ・・・そうですか」
ユーナも呆れるしかなくなってしまった。同時に二人はレアルに怠け癖がついたのはレアルの師匠に原因があるのだろうと確信した。
「少し、よろしいでしょうか?」
すると、後ろから抑揚のない無機質な声が聞こえた。振り返ってみるとそこには見慣れたメイド服姿のセルフィが立っていた。
「あなたは確か、いつも学院長そばにいる・・・」
「お久しぶりです、エテオクレス様。入学時以来ですね」
アイシャはセルフィと面識があるようだ。
レアルは普段教師としての仕事をしていないセルフィがどうしてアイシャと接点を持っているのか気になったが聞くことはしなかった
「あれ、セルフィさんどうしたんだ?」
「レアル様の学院編入時に提出していただいた書類に不備がありまして、訂正の確認をしていただきたいのです」
「分かった。書類は?」
「ここにはありません」
「へ?」
てっきりここで確認するものだと思っていたレアルは返ってきた返事に対して間抜けな声を上げてしまった。
と、そこでレアルはセルフィが現れた意図に気が付いた。
元々、編入に必要な書類は全てセルフィが作ったはずなので不備があるとは思えない。
セルフィがここに来たのは学院長が読んでいるということなのだろう。
嘘を付いたのはまた変な噂が立ってしまわないようにするための配慮なのだ。
「一応、個人情報は記載された重要書類ですので保管場所から持ち出すのは控えさせてもらいました。少し手間を掛けますが同行をお願いします」
「それなら仕方ないか。じゃあな」
「まだ、聞きたいことがあったのだけど・・・・」
「お前、俺に質問しかしてなくないか?」
「勉強熱心なだけよ」
「ちょっと怠けろ」
レアルはアイシャとの会話を打ち切りセルフィの後について行った。
「随分と仲がよろしいのですね」
「いや、あれは仲がいいっていうより単に珍しいことに興味を示してるみたいな感じだけど」
「レアル様はタリア様と同様に著しく協調性に欠ける方だと思っていましたが、意外と普通に学生をやってるので感心しました」
「それ、俺の事貶してるよね?」
「冗談です」
「真顔で言わないでくれる?」
その冗談という言葉も無表情で言うセルフィを見てレアルはもう苦笑するしかなかった。
というか、無表情で冗談を言われても気づく人はいないだろう。
「それと、言い忘れておりましたが、私も教師ですのでそちらの仕事もしていますよ」
レアルこの人に隠し事はできないな、と確信した。
◇◆◇◆◇◆
「やぁ、おはよう」
部屋に入ると、レアルにとって予想外の人物から挨拶を交わしてきた。
中世的な顔はとても爽やかな笑顔で、うなじくらいまである金髪はどこか輝いて見える。そんじょそこらの男より男前で、女子だというのに男子生徒の制服を着ている。初対面の人はこの国の騎士と見間違うのではないだろうか。
昨日、闘技場でレアルと激戦を繰り広げたこの学院最強の生徒、シャルロット・イル・ウィクトアリアはなぜか学院長室のソファに座りながら紅茶を飲んでいた。
「おぉ、来たかの。まぁ、座りなさい」
奥の豪華そうな机の後ろに座っていたオズワルドはレアルが来たことを確認して席を進める。
レアルを連れてきたセルフィはそそくさと中に入り、学院長の斜め後ろについた。
いろいろ疑問に思ったことはあったが誰かに見られると面倒なのでレアルは中に入り、ドアを閉めた。
「てか、何でいるの?試合は?」
部屋に入るなりレアルは一番気になったことを聞いた。
昨日の試合ではシャルロットはレアルに勝っているのだ。なので今日の決勝トーナメントに出ているはずで、ここにいるのはおかしいのである。
「あれ、聞いてないかな。僕、棄権したんだよ」
「え、何で?」
「あの勝負で勝った気がしなかったんだ」
「それだけ?」
「うん。油断したとはいえ、あそこまで追い詰められてたからね。ほとんど負けみたいな感じだったし」
レアルはシャルロットが試合に出ていない理由は分かった。だが、この場にいる理由はさっぱり分からなかった。
「僕がここにいるのは学院長が説明してくれるよ」
「説明しろ、爺さん」
そう聞いてレアルはすかさずオズワルドに問いかけた。
「そうせっかちにならんでも、順を追って説明してやるわい。まずは昨日の試合実に見事であった。主の実力はしかと見させてもらった」
「そういうの良いから、早く話進めてくれ」
「・・・素直に賛辞は受け取っておくべきであろう。まぁ、よい。さて、シャルロット君がなぜここにおるかというと、彼女もわしらの協力者なのじゃよ。彼女にも有事の際の学院の警護をたのんでおる」
「協力者?それって教師だけじゃ・・・」
「誰も生徒にいないとはいうておらん」
「てか、この先輩俺の事知ってたの?」
「ああ、君が学院長に雇われた傭兵だってことは知ってるよ。君が編入してすぐに学院長が話してくれたんだ」
レアルはちょっと待て、と話を聞くのを止めて頭の中を整理する。
シャルロットはベルグラントと同じように学院長の信頼する人物でレアルが傭兵であることを知っている。
レアルが編入試験代わりに魔導大会で実力を示すことも知っていたということになる。
試合中にレアルが学院の生徒ではないようなことを言っていたのもただ勘が鋭すぎるだけではなかったようだ。
いろいろ考えて、もし学院長がシャルロットのことをレアルに伝えていれば、昨日レアルが試合にどう負けるかやシャルロットに自分の事がばれそうになったとき焦る必要もなかったのではないか、という結論に至った。
「何で言ってくれなかったんだ?」
「僕が協力者だと知っていたら君が頼るかも知れないからって学院長が言ったんだ」
「試合中の俺が生徒じゃないとかどうとかは?」
「単に腕っぷしの実力だけじゃなく、不測の事態に対する対応力を見たかったんじゃない?」
レアルはそれを聞いて大きなため息を付いた。
「どうしたんじゃ、ため息などついて?」
「いや、俺ってすっげぇ面倒くさいことさせられてたんだなぁって」
「言ったではないか、実力を見せてもらうと」
レアルはそれを言われて何も言えないくなる。
さっきシャルロットが言ったように実力というのは何も腕っぷしだけではない。学院長が見たかったのは単純な力だけではなく、レアルの総合的な実力だったのだろう。
「それで、俺は教師たちには認められたのか?」
「ああ、それは心配いらん。かのウィクトアリア家の令嬢と対等に闘えるのじゃからの」
「そうかい。それで要件はもう終わり?」
「そうじゃの。あとは調査に励んでくれたまえ」
レアルはそれを聞くと返事をせず、疲れた顔でゆっくりと立ち上がって部屋を出た。
「それでは、僕も失礼させていただきます」
「そなたももしもの時は頼んだぞ」
「任せてください」
シャルロットも立ち上がり一度頭を下げてレアルの後を追った。
◇◆◇◆◇◆
レアルとシャルロットが去ったあと、学院長室にはまた別の人物が入ってきた。
青を基調としたドレスを着た、水色の髪と金の瞳を持つ、よく少女と見間違われる女性。
「おはよう、メルティス」
「おはよう、オズ」
オズワルドとメルティスは互いに挨拶を交わす。メルティスがオズワルドの事を愛称で呼んでいることから二人は旧知の仲なのであろう。構図的には老人とその孫娘の一幕だが。
メルティスは何の迷いもなく目の前のソファに座った。彼女がソファに座るとセルフィが紅茶を差し出した。
差し出された紅茶をメルティスはなれた手つきで口元に運ぶ。彼女がこの学院長室に訪れるのは初めてではないようだ。
「そういえば昨日は大層な客人が来ていたようですね」
「友人の様子を見に来たと言っておったよ」
「お気楽なものです」
「それと、例の話を承諾したようじゃ」
「また、面倒な」
「彼らとてまだ子供。責められる謂れはなかろう」
オズワルドは少し呆れた顔をしたメルティスをそっと諭す。
ここでメルティスが不満を漏らしたところですでに決まったことが覆るわけではない。それ以上の事はオズワルドの負担にしかならないと分かっていたメルティスは何も言わなかった。
「それにしても良かったのですか?ウィクトアリアの娘をこちら側に引き込んで?」
当初、シャルロットを協力者にするつもりはなかった。
だが、オズワルドはタリアからの情報を聞き、急慮シャルロットを協力者にすることにしたのだ。
「先に正体をばらしておけば調べられることもないじゃろ。結果的にはこちらの戦力が増えることになったしの」
「エテオクレス家の方とも関係を持っているようですが?」
「彼とて自分の事を理解していないわけではない。身近にいるのならばれるような真似はせんはずじゃ。して、どうでじゃった?」
オズワルドは紅茶を飲むメルティスを見ながら話を切り出す。
「そうですね。まぁ、物を調べるには問題はないと思います」
メルティスはここ最近図書館に通うレアルを監視していた。それはレアルの情報収集能力を図るためだ。
レアルへの主な依頼は噂の調査なので情報収集能力が必要だ。
初めはある程度の期間レアルに噂を調べさせ、途中経過の報告を聞いて判断する予定だったが、レアルは図書館に入り浸っていたのでメルティスに調べさせることにしたのだ。
「収集量もそれなりでしたよ」
「何について調べておったのじゃ?」
「大まかに言えば、地方に伝わる伝承や国に点在する遺跡についてですね。その中でも精霊に関する記述は重点的に調べていたようです。やはり憑りついている精霊に関係しているのではないですか?」
どうやらオズワルドとメルティスはレアルに憑りついている精霊の二クスに気づいていたようだ。
「そう考えるのが妥当であろうな」
「それにしても精霊を引き連れているのに契約をしていないとは奇妙な人間です。魔導学についてはそこまで詳しくないのですがどう見ているのですか?」
「契約していないのは何かしら問題があるのであろう。そこは彼とその精霊の問題じゃ。わしらが関知するところではない」
「そうですか」
メルティスは自分で聞いておきながら興味のない表情で返事を返す。
「もう一つの方はどうじゃったか?」
すると、ティーカップを口に運ぼうとしていたメルティスの動きが止まる。彼女は少し目を伏せながらティーカップを受け皿に戻した。
「・・・見えませんでした」
「見えなかったとは?」
「私が見ようとしたら何かに邪魔をされたのです。だから、オズの教え子の情報の真偽はわかりません」
「そうか」
オズワルドの表情は落胆ではなく困惑へと変わっていた。それは自らの知識にないことに対する困惑だ。
「いいのですか、彼をこのまま学院に置いていても?」
「・・・・今は仕事も頼んでおる。少し様子を見るべきじゃ」
「そうですか。なら、いいです」
そういって会話が終わり、メルティスはティーカップに残っていた紅茶を飲みほした。
しばらく学院長室は静まり返っていた。
「せめて、彼が世界に絶望しないことを祈ろう」
「・・・そうですね」
10/8 物語を編集




