第四話 貴女を何度もお誘いしました
誰も動かなかった。
教官たちは顔を見合わせている。
私は賞状を胸に抱いた。
――ああ。
三年間、扉を叩き続けた自分。
閉められた扉。
通り過ぎていった視線。
この方は、あの扉が閉まっていたことを、覚えてすらいないのだ。
「オクタヴィア様、私は貴女を何度もお誘いしました」
「……は?」
「一年目の春の茶会。夏の共同課題。秋の水路調査。冬の補講。二年目の……全部申し上げましょうか。日付も覚えておりますわ。手紙の控えも、寮の受付の記録もきっと残っております」
胸元で手を握る。
断られるたびに感じた、あの小さな痛みを思い出した。
「そして最後の一回は、この秋。貴女の寮室の扉の前です。『王命課題を三人で』と申し上げました。覚えていらっしゃいますか?」
オクタヴィアの唇が動いたけれど、声は出なかった。
「貴女はこう仰いました。『わたくしは学業のために馴れ合う必要はない』『泥をかぶって農民の話を聞くのが調査だなんて、随分と安い学問ですこと』」
後方で、小さくざわめきが起こる。
「馴れ合う必要はない、と仰ったのは貴女です。私はその言葉を侮辱ではなく、貴女の信念として受け取りました。だからこそ、十六回目はお誘いしなかったのです。信念を持つ方に同じ誘いを繰り返すのは、それこそ無礼でしょう」
「そ、それは……本気にする方がおかしいのですわ! 社交辞令というものが」
「社交辞令で三年間、挨拶を無視なさいましたの?」
オクタヴィアが言葉に詰まる。
「それに、貴女は今『分かっていたなら付き合った』と仰いましたわね」
一歩、彼女に近づいた。
「賞を獲れると分かっていたなら、冬の渓谷にも来た。分かっていなかったから、来なかった。――ではお伺いします。もしあの案が落選していたら、貴女は連名に加えてくれと仰いましたか?」
「……」
「仰いませんわね。落ちた案に公爵家の名は並べない。そう仰ったのは、他ならぬ貴女ですもの」
まっすぐに目を見る。
「貴女が欲しいのは『同期としての平等』ではありません。『実った果実の分け前』です。それは平等とは申しませんの。収穫だけをさらうことを、そう呼ぶのですわ」
「……っ、わたくしは公爵令嬢ですのよ! 侯爵家の娘が、その口の利き方は」
「家格の話をなさるのですね……」
思わず目を伏せ、それから笑った。
「シュヴァルツ渓谷では、家格を尋ねられたことは一度もありませんでした。尋ねられたのは『水をどうするのか』だけです」
拍手が、ひとつ鳴った。
「見事だ」
壇のそばにいたテオドールが歩いてくる。
残っていた生徒たちが慌てて頭を下げ、オクタヴィアの顔から血の気が引いた。
「ロートリンゲン公爵令嬢。君の提出案は読ませてもらった」
「お、王太子殿下……!」
「文書館の記録を丁寧にまとめた、整った案だった。文章も美しい。ただし、根拠とした水量記録は四十年前のものだ」
オクタヴィアの肩が揺れる。
「二十二年前に上流で地滑りがあり、川筋が変わっている。現地に一日でも立てば、村の子どもでも教えてくれることだ。君の新水路は、今の渓谷では水の来ない場所を通る」
「……そ、そんな。文書館の記録は正式な……」
「正式な記録は、正しい記録という意味ではない」
静かな声がその場で響く。
「そしてもう一点。要項第七条を読み上げてみせようか。『連名の場合、全員が着想・調査・執筆のいずれかに実質的に寄与したことを、監督教官の署名をもって証明すること』。――君は、その三つのどれに寄与した?」
「っ……!」
「寄与のない者を名に連ねる行為を、王国の法では何と呼ぶか、公爵令嬢なら学んでいるはずだ。功績の詐称という。学園の課題であっても、王命課題は王国の施策となる。つまりこれは、王家への虚偽申告に等しい」
「わたくしは、そんなつもりでは……!」
「つもりの話はしていない。要求した内容の話をしている」
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