第三話 なぜ、わたくしがその連名に入っておりませんの
春。
学園の大講堂に、全生徒と教官、王立施政院の役人たちが集まった。
提出された案は四十七件。
氏名を伏せた状態で教官団と施政院が審査を行い、その中から三案が最終候補に残った。
その三案についてのみ、王太子が現地へ赴き、実現性を確認する。
そうして選ばれた王太子賞は、たった一件。
「――侯爵令嬢リゼット・ド・アーデルハイム、ならびに子爵令嬢ミレーユ・ド・ソレル。両名連名による『シュヴァルツ渓谷 分層貯水法および夏季共同工事案』」
どよめきが講堂を満たした。
「本案は教官団および王立施政院の審査において首位。加えて現地調査により実現可能性が認められた。本年度をもって国庫予算の対象とし、来夏より着工する。両名には施策監督補佐官の任を委ねるものとする」
ミレーユが震える手で私の袖を掴んだ。
前を向いたまま、その手をそっと握り返す。
拍手の中を歩いて壇に上がり、賞状を受け取ろうとした。
差し出したのは、王家の使者――ではなかった。
黒髪に、灰がかった青い瞳。絹の礼服を纏い、胸に王家の紋章を提げた青年。
「おめでとう、アーデルハイム侯爵令嬢」
彼の顔を見て、私は危うく賞状を取り落としかけた。
「……テオ、様?」
「テオドール・ド・ヴェルデール。この国の王太子だ」
彼は小さく笑った。
焚き火のそばで見たのと同じ、少し不器用な笑い方だった。
「最終候補三案の実現性を確認するため、身分を伏せて現地を回っていた。まさか提案者本人が、泥だらけで水路を歩いているとは思わなかったが」
「……では、最初から私たちの案をご存じだったのですか?」
「いや。審査中は氏名も家名も伏せられている。渓谷に着いて初めて、候補の一案を書いた学生が現地調査に来ていると知った」
そこで少し目を逸らした。
「……桶の持ち方が下手で、すまなかった」
「ミレーユ様と話していたのを聞いていらしたのですか……」
式が終わり、生徒たちが散り始めた講堂の中央に、澄んだ声が響いた。
「お待ちになって」
オクタヴィアが、人垣を割って進み出た。
頬がいつになく紅潮している。
彼女の単独提出案――王立文書館の記録に基づく新水路建設案は、佳作にすら入らなかった。
「納得がまいりませんわ。なぜ、わたくしがその連名に入っておりませんの」
私の前まで来ると、震える指で賞状を指した。
講堂に残っていた生徒たちが、次々と足を止める。
「……オクタヴィア様?」
「同期は三人でしょう。三人しかいないのですわ。それなのに、お二人だけで組んで、わたくし一人を外して。これは仲間外れではありませんこと? いいえ、はっきり申し上げますわ。これはいじめですわ」
ミレーユが目を見開いた。
「わたくしだって、その案が王太子賞を獲れるほどのものだと分かっていれば」
声が高くなる。
「冬の調査にも、休暇の準備にも、夜の作業にも、いくらでも付き合いましたのに! お二人はそれを知っていて、わざと教えなかったのでしょう? 抜け駆けですわ。今からでも遅くありません。連名に加えていただけませんこと。同期なのですから、平等であるべきでしょう」
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