第二話 いつの間にか魔物に襲われてました
――ドサッ!
「痛ってぇ……」
地面に叩きつけられた俺は、しばらく動けなかった。
「ここが異世界?」
ゆっくりと顔を上げる。
そこには、見たこともない景色が広がっていた。
――青い空。
――見渡す限りの草原。
遠くには巨大な山々がそびえ立っている。
「マジで異世界じゃん……」
女神の話を思い出す。
ここが、俺の新しい人生の始まり。
そして俺は『魔王斬り』
「……いや、待てよ」
俺は周囲を見回した。
「アクアって子に会えって言われたけど……」
当然、場所なんて聞いていない。
「どこにいるんだよ……」
女神の説明を思い返す。
『まずは、この世界に降りて、その女の子と会ってください!』
「いや、場所くらい教えろよ!」
見渡す限りの草原に一人ポツンと取り残された。
やっぱり、あいつ絶対どこか抜けている。
仕方なく、俺は適当に歩き始めた。
「まあ、歩いてればそのうち会えるだろ」
この時の俺は、異世界というものを完全に舐めていた。
しばらく歩き回っていた頃。
「……ん?」
草むらが揺れた。
風かなと思った。
だが――
ガサッ。
「……」
もう一度、草むらが揺れる。
「いや……これ、絶対なんかいるだろ」
嫌な予感がした。
そして次の瞬間。
「グルルル……」
「うわっ!」
草むらから、巨大な魔物が飛び出してきた。
「な、なんだこいつ!?」
獣のような姿。
俺の体よりも遥かに大きい。
鋭い牙をむき出しにして、こちらを睨んでいる。
「いやいやいや……!」
俺は後ずさる。
――魔王斬り。
――聖神魔法。
――神の力。
そんな言葉が頭をよぎる。
「そうだ! 俺、魔王斬りなんだった!」
俺は右手を前に突き出した。
「聖神魔法!」
「……」
「…………」
何も起きない。
「……あれ?」
魔物が首を傾げる。
「いや、ちょっと待て」
俺はもう一度手を突き出した。
「聖神魔法!」
やはり何も起きない。
「なんで発動しないんだよ!」
その瞬間。
「グオオオオッ!」
「うわあああああっ!」
魔物が突進してきた。
俺は慌てて逃げる。
「はぁ……はぁ……ち、ちょっ、待て!俺、今日異世界に来たばっかなんだ!話せば分かる!」
木の陰に隠れる。
ヒキニートだったせいで体力が少ない。
しかし魔物は、そんなことなどお構いなしに追ってくる。
「くそっ……!」
逃げる。
転ぶ。
立ち上がる。
また逃げる。
だが、徐々に追い詰められていく。
「はぁ……はぁ……」
もう逃げ場がない。
背中には大きな岩。
目の前には魔物。
「……嘘だろ」
俺は震える手を見つめた。
異世界に転生して。
魔王斬りになって。
その数分後――
「っ――!」
魔物が唸り声を上げる。
そして、こちらへ飛びかかろうとした。
――その瞬間。
「そこまでです」
凛とした声が響いた。
「……え?」
俺の目の前を、何かが横切った。
次の瞬間、魔物が吹き飛ばされる。
ドォンッ!
「な、何……?」
俺が顔を上げると――
一人の少女が立っていた。
長い髪。
冷静な瞳。
無駄のない立ち姿。
さっきまで俺を殺そうとしていた魔物を、まるで何事もなかったかのように見下ろしている。
「大丈夫ですか?」
「……あ、ああ」
「ならよかったです」
少女は魔物へ視線を戻した。
「まだ動けますか」
「え?」
「あなたではありません。あれです」
「そっちかよ!」
魔物が再び立ち上がる。
「グオオオオッ!」
少女は一歩前へ出た。
「……面倒ですね」
その瞬間。
少女の周囲に、淡い光が集まった。
「聖神魔法――粒子崩壊」
閃光が一気に弾ける。
魔物は再び吹き飛ばされ、地面へ倒れた。
「……すげぇ」
俺は呆然と少女を見つめた。
これが――聖神魔法。
そして、この圧倒的な力。
「あなた……もしかして」
少女が振り返る。
「はい」
彼女は静かに答えた。
「申し遅れました、私はエイアレル=アクアです」
「……!」
女神が言っていた名前。
「魔王斬り……」
「そうです」
アクアは淡々と頷いた。
「あなたが山田太郎ですね」
「なんで知ってるんだ?」
「女神から聞いています」
「……あいつ、ちゃんと仕事してたんだな」
少しだけ安心した。
だが、アクアは俺を見ながら首を傾げる。
「ところで」
「ん?」
「あなたは、まだ聖神魔法を使えないのですか?」
「……たぶん」
「そうですか」
アクアは少し考える。
「なら、まず魔物を一体倒す必要があります」
「……一体?」
「魔王斬りが聖神魔法を行使するには、最初の一体を自らの力で倒す必要があるそうです」
「自分で?」
「はい」
俺は思わず頭を抱えた。
「俺、さっき殺されかけたんだけど……」
「では、弱い魔物から始めましょう」
アクアは迷うことなく歩き出した。
「待ってくれ!」
「何ですか?」
「どこ行くんだ?」
「スライムを探します」
「……スライム?」
「この辺りには弱い個体がいます。あなたでも倒せるでしょう」
「俺でもって言い方がちょっと気になるんだけど」
こうして俺は、アクアと共にスライムを探すことになった。
しばらく歩くと――
「いました」
「……あれか?」
草むらの中。
ぷるぷると揺れる、小さな青いスライムがいた。
「……なんか可愛いな」
「油断しないでください」
「いや、でもあれだぞ?」
俺はスライムを指差す。
「どう見ても弱そうだろ」
「それを倒すのが目的です」
「……分かった」
俺は拳を握った。
相手はスライム。
さっきの魔物とは違う。
これなら――
「俺にもできる!」
俺はスライムへ向かって走り出した。
「うおおおおおっ!」
拳を振り下ろす。
――ボンッ!
「……」
「……?」
スライムがその場でぷるん、と揺れた。
「効いてる……?」
「もう一度」
「おう!」
俺は何度も攻撃する。
「うおおおおっ!」
そして最後の一撃。
――パンッ!
スライムは散らばって、消えた
「……」
静寂。
「……倒した?」
「はい」
アクアが頷く。
「あなたが倒しました」
「俺が……」
自分の手を見る。
たった一体。
それだけなのに、不思議と胸が熱くなった。
その瞬間だった。
俺の右手から、眩い光が溢れ出した。
「な、なんだ!?」
「聖神魔法です」
光が腕を包み込む。
そして、頭の中に声が響いた。
――聖神魔法、使用可能。
「……!」
俺は息を呑んだ。
女神が言っていた。
神の力の一部を行使する魔法。
それが今――俺の中にある。
「これが……聖神魔法」
アクアは静かに俺を見つめていた。
「これで、あなたも正式な魔王斬りです」
「……俺が?」
「はい」
ついさっきまで、家からほとんど出なかった。
何の目的もなく毎日を過ごしていた。
そんな俺が今――
異世界にいる。
魔物を倒した。
そして、神の力を手に入れた。
「……なんか、すごいことになってきたな」
俺が苦笑すると、アクアは淡々と言った。
「これからです。最初はみんなこんなもんです」
「え?」
「魔王斬りとしての戦いは、ここから始まります」
その言葉を聞いた瞬間。
俺はまだ知らなかった。
この先、自分がどれほど大きな戦いに巻き込まれていくのかを。
そして。
自分がなぜ、この世界に転生させられたのかということも。
俺の異世界での人生は、まだ始まったばかりだ。
……ところで聖神魔法はどうやって使うんだ?
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