第9話「市民よ、銃を取れ」
アルスの檄に応じてテルフォードの市民たちが次々と義勇軍への参加を申し出た。
鍛冶職人、大工、農夫、そして学校を卒業したばかりの若者たち。
彼らの目は恐怖ではなく、自分たちの故郷を自分たちの手で守るのだという強い意志の光に満ちていた。
「代官様が、俺たちの暮らしを守ってくれた。今度は、俺たちが代官様をお守りする番だ!」
「帝国なんかに、この街を好きにさせてたまるか!」
アルスが築き上げてきた民との信頼関係が、この土壇場で最大の力となった。
わずか数日で二千人もの義勇兵が集まった。
彼らは貴族に強制されて戦う兵士ではない。
愛する家族と街を守るために、自らの意思で立ち上がった市民軍だった。
アルスは彼らにマスケット銃と、テルフォードで生産された統一規格の軍服を支給した。
そして黒鷲城へと移動する前に、徹底的な訓練を開始した。
訓練は従来のものとは全く異なっていた。
個人の武勇を競うのではなく、集団としての統率された動きを重視したのだ。
「一、列を乱すな! 二、勝手な行動はするな! 三、合図があるまで撃つな!」
アルスは自ら教官となり、兵士たちに近代的な集団戦術の基礎を叩き込んだ。
マスケット銃は一発撃つごとに再装填に時間がかかる。
その欠点を補うため、彼は三段撃ちの戦術を考案した。
前列が射撃している間に中列と後列が装填作業を行う。
これを繰り返すことで途切れることのない弾幕を敵に浴びせることができるのだ。
最初は慣れない銃の扱いに戸惑っていた市民兵たちも、アルスの合理的で分かりやすい指導と持ち前の勤勉さで驚くべき速さで新しい戦術を習得していった。
彼らは読み書きができるため、教範の理解も早かった。
教育への投資が思わぬ形で軍事力の強化に繋がったのだ。
並行してテルフォードの街全体が巨大な軍事工場と化した。
バルツの工房では二十四時間体制でマスケット銃と砲弾の増産が進められた。
女性や子供たちは弾薬の薬莢作りや兵士たちのための食料の調理、包帯の準備などに奔走した。
ゴードンはその商人としての手腕を遺憾なく発揮し、各地から食料や物資を調達して兵站線の確保に全力を挙げた。
エミリアは兵士の名簿管理から物資の配分まで後方支援の全てを取り仕切り、アルスが前線での指揮に集中できる環境を整えた。
技術者、商人、官僚、そして市民。
テルフォードの全ての人々がそれぞれの持ち場で、一つの目的のために心を一つにしていた。
数週間の猛訓練を終え、アルス率いるテルフォード市民軍二千は決戦の地、黒鷲城へと進軍した。
彼らの装備はマスケット銃と短い銃剣。
そしてバルツが改良した新型の青銅砲が十門。
数では帝国軍の先遣隊一万に遠く及ばないが、その士気は天を衝くほど高かった。
黒鷲城はアルスの言葉通り天然の要害だった。
三方を深い渓谷に囲まれ、城へ至る道は一本の細い街道しかない。
アルスはこの街道を見下ろす丘の上に砲兵陣地を築かせた。
そして街道そのものにも幾重もの罠を仕掛けた。
「敵は、我々をただの農民の集まりだと侮って、正面から力押しで来ようとするだろう。そこが、我々の勝機だ」
アルスは城壁の上から戦場となるであろう街道を見下ろし、静かに言った。
彼の頭の中にはすでに勝利へのシナリオが鮮明に描かれていた。
やがて帝国の先遣隊が地平線の向こうから姿を現した。
整然と隊列を組んで進軍してくる一万の軍勢。
その威容は見る者を圧倒する迫力があった。
市民兵たちの中に一瞬の緊張が走る。
帝国軍の指揮官はリンドブルム王国軍をカサンドラで粉砕した歴戦の勇将、ゲルハルト将軍だった。
彼は黒鷲城に立てこもるのがわずか二千の民兵だと聞くと、一笑に付した。
「ほう、ドブネズミどもが、最後の悪あがきか。よかろう。正面から蹴散らして、王都への道を切り開いてやれ!」
ゲルハルトは何の策も弄さず、全軍に総攻撃を命じた。
重装歩兵の分厚い方陣が街道を埋め尽くし、鬨の声を上げながら黒鷲城へと殺到する。
城壁の上で、アルスは静かにその光景を見つめていた。
隣に立つ伝令兵がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
「第一陣、射程距離内に入れ」
アルスは微動だにしない。
帝国軍の先頭が街道に仕掛けられた最初の罠、見えにくいように掘られた溝にはまり、隊列を乱す。
「まだだ。もっと引きつけろ」
帝国兵たちが溝を乗り越え、再び隊列を整えようとする。
その密集した塊がアルスの定めたキルゾーンへと侵入した。
その瞬間、アルスは右手を静かに、しかし力強く振り下ろした。
「撃て!」
その号令が戦いの始まりを告げた。




