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左遷王子は現代知識で辺境村を大都市へ発展させる〜無能と見下す兄たちを出し抜き近代兵器で国を救って賢王となる〜  作者: 黒崎隼人


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番外編「鉄と汗と笑顔と」

◇バルツ視点


 バルツ・アイゼンハンドは炉の前に立ち、真っ赤に焼けた鉄塊を睨みつけていた。

 カン、カン、とリズミカルに振るわれる槌の音が工房に響き渡る。

 彼の額には玉のような汗が浮かんでいる。


『まさか、俺がこんなもんを作ることになるとはな……』


 彼が今心血を注いでいるのは剣でもなければ鎧でもない。

 蒸気機関車、人々が鉄の馬と呼ぶ巨大な機械の部品だった。

 初めてアルス様、いや、今や国王陛下となられたあの方がテルフォードの工房に現れた日のことを、バルツは昨日のことのように思い出せる。

 ひょろりとしたまだ少年の面影を残す王子が見たこともない奇妙な機械の設計図を広げて、これを作ってほしいと言ったのだ。

 最初は貴族の道楽だと思って追い返そうとした。

 だがあの瞳は違った。

 本気だったのだ。

 何もない村から王国中を驚かせるものを作り出すのだと熱っぽく語るその瞳には、嘘偽りのない情熱が宿っていた。

 職人としての血が騒いだ。

 この若様の夢に乗ってみるのも面白いかもしれない。

 そう思ったのが運の尽きか、あるいは幸運の始まりだったのか。

 それからの日々はまさに嵐のようだった。

 ガラス、活版印刷機、マスケット銃、そして蒸気機関。

 次から次へと持ち込まれる常識外れの発想。

 失敗の連続。

 何度も爆発させ、火傷もした。

 だが不思議と嫌ではなかった。

 むしろ楽しかったのだ。

 自分の腕が、技術が日に日に向上していくのが分かった。

 何より自分たちが作ったものが人々の暮らしを変え、国を救う力になっていく。

 その実感は何物にも代えがたい喜びだった。

 今、バルツは国王直属の技術院の総責任者という、とんでもない役職に就いている。

 かつての村の頑固な鍛冶職人が、だ。

 人生とは分からないものだ。


「親方、次の工程の準備ができました!」


 若い職人の声に、バルツは我に返った。

 彼が育てた弟子たちも今や一人前の技術者としてこの国の産業を支えている。


「おう、すぐに行く!」


 バルツは槌を置くと汗を拭い、ニヤリと笑った。

 あの方が創ろうとしている新しい国。

 その心臓部を俺たちの手で作り上げてやる。

 その誇りを胸に、バルツは再び熱い鉄へと向き合った。


◆ ◆ ◆


 宰相執務室の机の上には書類の山が築かれていた。

 エミリア・クラインフェルトはその山を一つ一つ、驚異的な速さで処理していく。


『また、夜更かしになりそうですね……』


 彼女は小さくため息をついたが、その表情に疲れの色はない。

 むしろ充実感に満ちていた。

 下級貴族の娘として生まれ、能力だけを頼りに中央官庁に入ったものの、待っていたのは旧弊な貴族たちの嫉妬と意味のない慣例ばかりの日々だった。

 腐敗した国に絶望し、全てを捨てて故郷に帰ろうと思っていた時、テルフォードの噂を聞いた。

 第五王子が辺境で革新的な街づくりをしている。

 半信半疑で訪ねたテルフォードで彼女は衝撃を受けた。

 そこでは身分に関係なく誰もが生き生きと働き、街は活気に満ちていた。

 そしてその中心にいたのがアルス様だった。

 初めてお会いした時、彼はとても静かで穏やかな方だと思った。

 だが国政について語り始めるとその瞳は熱を帯び、その言葉は誰よりも明確な未来像を描き出していた。

 この方ならこの腐った国を変えられるかもしれない。

 エミリアはその場で彼に仕えることを決意した。

 それ以来、彼女はアルスの右腕として彼の描く青写真を現実の政策へと落とし込む役割を担ってきた。

 複式簿記の導入、官僚制度の整備、法典の編纂。

 どれも困難な仕事だったがアルスがいつも的確な指針を示してくれた。

 そして何より、彼は結果を出した者を手放しで褒め、信頼してくれた。

 それがどれほど嬉しかったことか。

 ふと執務室の扉がノックされ、アルス本人が顔を覗かせた。


「まだ仕事をしていたのか、エミリア。あまり根を詰めすぎるなよ」


 そう言って、彼は温かい紅茶の入ったカップをそっと彼女の机に置いた。


「陛下こそ。もうお休みになられては」


「ああ、もう少しだけ考えたいことがあってね。君も、あまり無理はしないように」


 穏やかに微笑んで去っていく国王の背中を見送りながら、エミリアは紅茶の温かさに胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 この人のためならいくらでも頑張れる。

 この人が創る国をこの目で見届けたい。

 エミリアは新たな決意を胸に、再び書類の山へと向き合った。

 窓の外では新しい王国の夜が静かに更けていく。

 この国の未来はきっと明るい。

 彼女にはその確信があった。

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