第12話「賢王の戴冠」
臨時摂政としてリンドブルム王国の全権を掌握したアルスの行動は、迅速かつ的確だった。
まず彼はガルディナ帝国との講和交渉を開始した。
黒鷲城での圧倒的な勝利は最大の交渉カードとなった。
帝国側は未知の新兵器を持つアルスの軍隊を深く警戒しており、もはやリンドブルムを侮ってはいなかった。
交渉の結果、帝国は占領した砦から撤兵し現状の国境線を再確認するというリンドブルムにとって極めて有利な条件で早期に和平を成立させることに成功した。
外患を取り除いたアルスは、すぐさま国内の改革に乗り出した。
彼はジークハルトをはじめとする兄たちを政治的な実権のない名誉職に就かせ、その権力を完全に無力化した。
粛清という血生臭い手段を避け、彼らのプライドを保たせた上での冷徹な政治判断だった。
次に彼は旧態依然とした貴族中心の政治システムを解体し、能力主義に基づく中央集権的な官僚制度を確立した。
テルフォードで実績を積んだエミリアを内務大臣の要職に据え、身分に関わらず有能な人材を国中から広く登用した。
税制改革、法典の整備、常備軍の創設。
アルスが打ち出す政策はどれも王国の旧弊を打ち破り、近代国家へと生まれ変わらせるための確かなビジョンに基づいていた。
最初は戸惑っていた人々も彼の改革がもたらす社会の安定と豊かさを実感するにつれ、熱狂的な支持を寄せるようになっていった。
そんなある日、アルスは病床に伏せる父、フリードリヒ三世に呼び出された。
すっかり痩せ細り、死期が近いことを悟っている父王は力なく横たわりながら、アルスの顔をじっと見つめていた。
「アルスよ……」
かすれた声で父が語りかける。
「わしは、お前のことを見誤っておった。お前こそが、この国に必要な王だったのだな……。兄たちにではなく、お前にこそ、全てを託すべきだった」
その言葉は後悔と息子への謝罪の念に満ちていた。
「父上……」
「もうよい。わしは、王として、最後の仕事を果たさねばならん」
フリードリヒ三世は傍らの侍従に頷き、一枚の羊皮紙をアルスに差し出させた。
それは王位を第五王子アルス・フォン・リンドブルムに譲るという、国王直筆の譲位勅書だった。
「アルスよ。この国を、民を、頼んだぞ……」
それが父王の最後の言葉となった。
数週間後、王都の大聖堂でアルスの戴冠式が厳かに執り行われた。
大司教の手によってリンドブルムの王冠がアルスの頭上に捧げられる。
その瞬間、聖堂内を埋め尽くした貴族や諸侯、そして聖堂の外に集まった万雷の民衆から割れんばかりの歓声が上がった。
「新国王、アルス一世陛下、万歳!」
「賢王陛下に、栄光あれ!」
第五王子として誰からも期待されず、宮殿の片隅で本を読んでいた少年は今、名実ともにリンドブルム王国の頂点に立った。
戴冠式の後、王宮のバルコニーに立ったアルスは眼下に広がる民衆の熱狂を静かに見つめていた。
彼の隣には宰相となったエミリアが寄り添っている。
「すごい熱気ですね、陛下」
「ああ。だが、これは始まりにすぎない。我々の仕事は、まだ山積みだ」
アルスの視線は熱狂する民衆のさらにその先を見ていた。
憲法の制定による立憲君主制への移行。
全国民を対象とした義務教育の導入。
そして黒鉄の心臓である蒸気機関を動力とした鉄道網の敷設。
彼の頭の中にはこの国を大陸で最も豊かで、最も強力な国家へと導くための壮大な青写真が描かれていた。
それは果てしなく長く困難な道のりになるだろう。
しかしアルスには確信があった。
自分を信じてくれる優秀な仲間たちと新しい時代を築こうという希望に燃える国民がいれば、必ず成し遂げられると。
「行こう、エミリア。我々の国を、創り始めるぞ」
アルスは民衆の歓呼に応えるように力強く右手を掲げた。
かつて辺境の代官に左遷された若き王子は今、歴史にその名を刻む賢王として、その伝説的な治世の第一歩を踏み出した。
彼の物語はまだ始まったばかりである。




