エピローグ「語り継がれる伝説」
◇歴史家視点
それから、五十年の歳月が流れた。
かつて大国に挟まれた弱小国であったリンドブルム王国は、今や大陸で最も豊かで最も進んだ文化を持つリンドブルム連合王国としてその名を轟かせていた。
王都アルスフォルト、かつての王都とその周辺を合わせて改名された首都には煉瓦造りの美しい街並みが広がり、その上を蒸気機関を動力とする高架鉄道が走り抜けていく。
港には黒煙を上げる蒸気船が世界中から集まり、活気に満ち溢れていた。
全ての子供たちが学校で学び、識字率は大陸で最も高い。
議会が開かれ、民の代表が国の未来を議論する。
人々は身分ではなく自らの努力と才能によって未来を切り拓くことができる。
それらは全て、一人の偉大な王がもたらした変革だった。
初老の歴史家が書斎の暖炉の前で、目を輝かせる孫に古い物語を語り聞かせている。
「……そうして、若きアルス王は、次々と国を豊かにする改革を進められたのじゃ。人々は、彼のことを敬意と親しみを込めて、『賢王』と呼んだ」
「おじいちゃん、その賢王様は、本当にいたの?」
「もちろんだとも。お前が今、こうして暖かい部屋で、本を読んでいられるのも、賢王陛下が築いてくださった平和と繁栄のおかげなのじゃよ」
歴史家は壁に掛けられた一枚の肖像画を見上げた。
そこに描かれているのは穏やかな笑みを浮かべた、聡明そうな黒髪の男性。
初代国王、アルス・フォン・リンドブルムの若き日の姿だった。
彼はその長きにわたる治世で、ついに一度も侵略戦争を起こすことはなかった。
彼の武器は剣や魔法ではなく、知識と民を想う心だったからだ。
彼は圧倒的な産業力と経済力を背景とした巧みな外交によって、国の平和を守り抜いた。
数年前に彼は多くの国民に惜しまれながら、その波乱に満ちた生涯を閉じた。
しかし彼の遺したものは、今もこの国の隅々にまで息づいている。
「賢王アルスは、こう言われたそうじゃ。『国とは、王や貴族のものではない。そこに住まう民、一人一人のものである』と」
歴史家は孫の頭を優しく撫でながら言った。
「その言葉こそが、この国の礎なのじゃ。だから、覚えておきなさい。我々には、この国をより良くしていく責任がある、ということを」
少年はこくりと頷いた。
彼の心に、遠い昔の偉大な王の物語が確かな光として灯った。
賢王アルスの伝説は終わらない。
彼が蒔いた希望の種は時代を超えて受け継がれ、これからもこの国を、そして人々を照らし続けるだろう。
暖炉の炎がぱちりと音を立てて揺らめいた。
それはまるで、遠い昔の英雄の物語に静かに聞き入っているかのようだった。




