第4.7話「甘酢ひとしずく、灯る想い」
夜。アメル村。
雨のしずくが屋根を叩く音が、静かに響いていた。
だし男とポンヌは、ミーナの家の囲炉裏で林檎ベリーのホット酢を飲んでいた。
ぽかぽかと香りが立ちのぼる。
「……この香り、なんか、あったかい」
「ミーナの“想い”が煮詰まってるのかもね」
「……想いって、煮詰めるもんなのか」
「そうよ。煮詰めすぎると、重たくなって、うまく伝わらないの」
「うわ、ポンヌ先生、恋愛評論家みたい……」
ミーナが、暖炉の火に顔を向けたまま、呟いた。
「……旅立ったあの人は、“夢を叶える”って言ってた」
「世界一のソース職人になるって。だから私、止めなかったんです」
「……でも、本当は止めたかった」
だし男(心の声)
(俺も……本音では、“こっちに残りたい”って言われたら、きっと動けなくなる)
(でも、そんなこと言わせる権利なんて、俺に……あるのか?)
ポンヌ(心の声)
(……だし男が帰りたい気持ちも、わかる)
(だけど、私は……この旅が終わったら、消えてしまうのかな。女神としての役目も終わって)
「伝えられなかった想いって……なくなったりしないんですね」
ミーナのその言葉に、だし男はふと胸をおさえた。
「……うん。きっと、“甘酢”みたいに、心の奥に沈んでる」
ポンヌは黙っていた。
ただ、だし男の横顔を見ていた。
その目は、火の揺れよりもずっと、揺れていた。
――朝。雨は上がっていた。
ミーナが瓶を差し出す。
「これ、林檎ベリーの甘酢。たったひとしずくで、気持ちが届く……かもしれないって、伝えたくて」
だし男はそれを両手で受け取り、軽く頭を下げた。
「伝えるよ。……ちゃんと、いつか」
「……ふふ。よかった」
見送るミーナに手を振りながら、ポンヌがぽつりと呟いた。
「……“想い”って、どんな味がするんだろうね」
「ポン酢みたいな、ちょっと酸っぱくて……それでいて、癖になるやつ?」
「……なら、私はあなたに一番効くレシピを考えなきゃね」
「へ?」
「ばか。比喩よ」
だし男は気づかなかった。
そのときポンヌの頬が、ほんのり林檎ベリー色になっていたことを――
――林檎の村。
通りすぎたはずの場所に、たしかに残った、想いの余韻。
旅の途中の“一滴の甘酢”。
それは、心に灯る、小さな約束の味だった。
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☆次回予告:アメル村でのシーンをポンヌ視点でお送りします。
お楽しみに!




