流水の都③
「えっ、ヴァストとタリカって婚約なさってるんですか!?」
「お見合い婚約だけどね」
マルムドゥ苺のクッキーを頬張りながら、ハリエットが身を乗り出してまで驚く。貴族の未成年の内の婚約は至って普通と知ってはいたが、当事者を実際に目にすることはなかった。
フェリシアが、跳ね毛を指で繰りながら突っかかる。
「そのお見合いって四歳の時だし家柄重視のやつでしょ〜? 目移りとかしたことないの?」
「きっかけは政略結婚かもしれないけれど、彼以上に魅力的な人は他に見たことがないわ。私の視線はヴァストだけのものよ」
「それ本人に言ってあげてよ」
真面目な顔で言い切るタリカ。フェリシアは呆れたと言わんばかりに茶を啜る。苦味の強いハーブ茶を頼んで良かった、砂糖入りだったら胸焼けしていたかもしれない。
「そういう……愛の言葉? きっと彼はそんなに好きじゃないと思うのだけれど」
「タリカはちょっと自分の容姿を自覚したほうがいいよ。一緒になる覚悟があるって言葉で伝えなきゃ、確信が持てなくて不安になっちゃう」
ハリエットには口を出せない雰囲気になってきた。貴族の恋愛って難しいというか面倒というかだなあ、なんて他人事みたいに考えることしか出来ない。
「あなたが言うならきっとそうなのね。フェリシアはそういうの、とても上手だし」
「フェリシアも婚約しているのですか? それもお見合い?」
ハリエットが首を傾げると、フェリシアは嬉しそうに口を押さえる。
「ボクはね、自由恋愛なの! 婚約はまだ。でも、聞いたら絶対びっくりするよ」
「一体どなたと…………」
その言葉を遮るように、入り口のベルが鳴る。新しい客がやってきたらしい。小さな店内だったので、その姿が勝手に目に入った。
「あれ?」
「坊…………マクシミリアン?」
やってきたのはマクシミリアンと王子のベリアス。紙袋を持っているところを見るに、二人で何か買い物でもしていたらしい。
「二人きり? その組み合わせは珍しいわね」
「ああ、アールとヴァストは別行動。僕たちは休憩に寄っただけだよ」
確かに、朝から男子たちが出かける準備をコソコソしていたのは、ハリエットも見た。マクシミリアンに理由を聞いてもはぐらかされたので、多分言えないようなことをするつもりなのだろうなとは薄々思っている。
その時、急に思い出したようにフェリシアがベリアスの服の裾を引っ張り、自分に近づけた。
「あ、ダーリンです!」
「ダーリン!!!!!」
「ふ、自慢は程々になハニー」
「ハニー!!!!!!!!!」
衝撃でオウム返しをするハリエット。
「ベリアスは昔からお見合いを蹴り続けていることで有名だったのを、フェリシアが自力で射止めたから凄いのよ」
「一目惚れから苦節三年、がんばりました」
誇らしげに胸を張るフェリシア。私なんか五歳の時にお見合い断られたのに、とタリカが大袈裟に溜息をついた。
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休憩に寄っただけとの言葉通り、茶を一杯飲んだ二人はさっさと出ていってしまった。何をしているのか気になるが、まあ後で教えてくれはするだろう。
「さあ、殿方もいなくなったところで、ハリエット! キミの話を聞かせてもらおうじゃないの」
「私ですか?」
お茶をもう一杯頼んで、フェリシアは声を少し落として話す。いかにも、『こっちが話したんだからそっちも教えてよ、等価交換だぞ』の顔である。
「好きな人とかいらっしゃらないのかと言うことですよ! マクシミリアンは? たまに変だけど性格良いよね。ついでに玉の輿じゃない? 一等爵で旧冠! あ、でも三男だから継がないか。お兄さんとは会ったことないの?」
「ロベルト様ともオースティン様ともお会いしたことはありますが…………そもそも私は臣下の娘に過ぎませんしそういったお話はとても……」
こうして貴族の子女たちと対等に話してはいるが、ハリエットの身分はあくまでライン家に仕える騎士の娘。小さい頃から、仕える者としてずっと自分を律してきた。
しかし、タリカとフェリシアは不思議そうな様子でこちらを見つめてくる。
「ハリエットって凄く古風な考え方するんだねえ」
「そ、そうですか?」
「そうよ、身分差なんて今時あまり関係ないわ」
いや、たとえそうだとしても、ハリエットの心にかかった靄は晴れない。もっと彼女の奥深く、取れない楔が影をずっと縫い留めている。
(でも、私、あの人のことを好きになってはいけないの)
何故なら、私は──────。
「だって、ハリエットったらこの間マクシミリアンを見て耳が真っ赤だったのよ! まるで火吹きウサギみたいでね」
「!? 見ていたんですか、タリカ!?」
「おやおや〜? やっぱりそういう感じ?」
タリカの明るい笑い声に、ハリエットの不穏な心は一旦掻き消された。からかうフェリシアに、必死になって弁明するハリエット。
三人はこの日からずっと、良き友であり、恋の相談相手でもあり続けた。




