流水の都②
ウェールツディット連合王国の王都は、まだこの国が三国に分かれていた時代よりも更に前から存在した古都である。
古くも荘厳な王城は、当時の支配者から現王家に繋がるエルリンテン家へと受け継がれ、今は王族の住居兼政治の中枢として機能する。
山の斜面に沿って造られた城下町は、全てが石で組み上げられており、白く塗られた町並みが非常に美しい。六面体の建物と階段が巧妙に合わさり、一つのパズルのようである。
「最も特筆すべきなのはこの水路! 王城の水源から湧き出る水を王都中に巡らせているんだよ」
道路の中央は流水によって分けられている。浅く流れる涼やかな水音が耳に心地よい。
「綺麗な街ですね」
ハリエットが心からの感想を述べる。白壁、透明な水、青空。どれをとっても爽やかな色彩の景色に、店の看板や軒先の花がアクセントを加える。
「そうでしょ? この水路ね、あの伝説の『最後の皇帝』が造るように命じてから、皇帝の死後も内乱の合間を縫って皆で造り続けてたんだって! てことは、王都も水路も何百年も前からあるんだよ、凄いよね!!」
「ふふ、『最後の皇帝』なんて本当に居たのかは分からないけれどね」
「でも、ウェールツディット中の街道も、馬車停留所も、この王都だって皇帝が造らせたんでしょ? 全部本当にあるんだから皇帝だっていたに決まってるよ」
タリカの指摘に、ちょっとむくれたようになって言うフェリシア。『最後の皇帝』はウェールツディット地方に残る伝承の登場人物で、公的な記録は何も残っていないものの、ウェールツディットの基盤を固めた英雄として伝わっている。
寛容でありながら苛烈な人柄でも知られており、その最期には信頼していた臣下の騎士に殺され、帝国は崩壊し、酷い内乱が始まったという。
とはいえ、それに該当する人物は実在するとはいってもその伝承は盛られるのが常。功績に関しては半分以上おとぎ話である。
「この勾配があるから水路が澱まなくて済むんだけどね、階段ばっかりでちょっと大変! 皇帝ももうちょっと考えてくれれば良かったのにね」
フェリシアはスカートを少したくし上げて笑ってみせた。
カレッジの制服は、正面の布地だけ別に縫い付けられており、横や後ろの生地よりも短くなっている。前から見たときに脛が見えてしまうので、少し恥ずかしいと思っていたハリエットだったが、どうやらこのデザインも王都ならではの文化らしい。
階段や段差の多いこの街では、裾の長い服で歩くと段差で踏んでしまうし、もし転んでしまえば命に関わる怪我になりかねない。なので歩きやすいよう前だけを短くしたデザインが愛されているのだという。
「靴もヒール付きは少ないのよ。夜会に履いて行くくらい。ラインの領地ではどう?」
「こちらでもハイヒールはあまり普及していませんね、男女問わず馬に乗るのでブーツが多いです」
「そっか、東って馬がいっぱいいるんだよね! ボク、ラインのお城は見たことないんだけど、どんな感じなの?」
んー、と昔の記憶を手繰り寄せるハリエット。タリカがふと思い出したように言った。
「確か、城塞都市って呼ばれてるのよね」
「何それカッコイイ!」
「ああ、思い出しました、そうです。城下の市街ごと大きな壁で囲って、その外はもうものっ凄い平原で、中と外でまるで別世界みたいな」
ラインの城は堅牢かつ堅実。市街も計画的な建設が行われ、いざとなれば即座に軍を展開できる。エルリンテンの城も、華やかで無防備に見えるがその坂と複雑な水路は敵の進軍を阻むものである。
ウェールツディットに、明確な地名というのはあまり存在しない。ただ、そこを治める領主の名だけで区別される。
それは、かつての時代に凄惨な殺し合いと奪い合いがあった名残り。街が一つ滅ぼされては、その跡に新たな街が二つ出来る。その度に名前をつけることを人々は諦め、あの領主の治めているところ、と呼び始めたのがきっかけだった。
そして、盟約の三国の名もそれに違わない。
つまり、エルリンテン、ライン、アーシュライエンの三家は、建国以来、統一に至るまでそれぞれの覇権を数百年維持し続けた怪物達である訳だ。
「ライン家の方々は坊ちゃ……マクシミリアン始め穏やかな人達ばかりでしたが、今でも外壁の改修は続けておられるのだとか」
「東部は魔獣だっていっぱい出るもんねえ……あ、あの店! あそこのお菓子が凄く美味しくてね!」
話しながら階段を下りていると、いつの間にかかなり下の方に来ていたようだった。
視線の先には外国から輸入した茶と菓子を提供する店。貴族のための高級品というよりは、庶民の贅沢、といった様子である。
フェリシアに袖をぐいぐい引っ張られながら、ハリエットとタリカは小さなお茶屋さんのドアを潜った。




