流水の都①
「お出かけをしましょう、ハリエット」
「お出かけですか、タリカ」
女子寮の三階、角部屋。休日であるこの朝に、タリカはハリエットに外出の誘いをかけた。
カレッジの『初期課程』『模範課程』に所属している生徒は、平民であれ貴族であれ全員が寮生活をする決まりになっている。
ちなみに二十歳以上の学生兼研究者である『研究課程』のみは学外に居を構えることが許可されている。とはいえ、自身の興味関心への研究に没頭することの多い彼らはだいたい研究室で寝泊まりしているのだが。
なので本来はカレッジの外に出る必要はないものの、休日になると許可を取って城下へ遊びに出かけることも出来る。将来は王城や各地の騎士団で働くことになる生徒たちに、守護するべき人々の暮らしを見せる、という方針であるらしい。
「馬車の停留所からカレッジに来るまでは大通り一本で済んでしまうでしょう? きっと、あんまり観光も出来なかったんじゃないかと思って」
「確かに、荷物を持って階段を上るのに必死で周りは見ていませんでしたね……」
「でしょう? だから、この美しい街を一緒に見て回りましょうよ」
お小遣いはあるかしら?と尋ねる彼女に、ハリエットは頷く。
実は、カレッジへの通学にあたって、学費とその他諸々含めそれなりの額がライン家から出資されている他、純粋にお小遣いとして父親から幾らか貰っているのだ。
ライン家からの金銭は本当に必要なときだけ使い、普段は清貧に甘んじるつもりだったが、そんなハリエットの性格を知っていたのか適当なのか、父親が気を利かせてくれたらしい。
これで王都のオシャレや食事を楽しめなんて、たまには年頃の娘を持つ父親らしいことをしてくれるものだ、とハリエットは感心していた。
「それでね、実はあたしもそんなに道に詳しい訳じゃなくて」
ルールドルキルフ家は、盟約の三国の一つ、アーシュライエン配下の貴族であり、王国北部に領地と屋敷がある。タリカ自身、カレッジに来るまでは、王城に来たことこそあれど、王都城下の石畳など踏んだこともなかったに違いない。
「という訳で、可愛いガイドさんを呼びました!」
「可愛い……ガイドさん……!」
どうぞっ、とタリカが声を張り上げると、道場破りさながらの迫力で、女の子が入ってくる。
「どうも! 可愛いガイドさんこと、ボクです!」
ハリエットより年下であろう少女。艶のある長い黒髪は少し癖があり、彼女の動きに合わせて跳ねている。灰色がかった瞳や人形のような顔は、それだけ見ればまるで儚い深窓の令嬢のようだが、彼女の元気一杯の身振り手振りがその幻想を打ち砕く。
「この子はフェリシア。フェリシア・ボルドヴァルよ」
「ボルドヴァル家は格こそ下位二等爵ではありますが、古参のエルリンテン配下! エルリッ子にとって城下など庭先も当然なのだ! 観光案内はボクに任せろー!!」
ボルドヴァルと言えば、今は王城で大臣を務めている家系。当主の屋敷も王都に置き、貴族というよりは政治家としての面が強い。
確かに彼女であれば、城下の地理には詳しいだろう。
「君がハリエット? 仲良くしてね!」
「よろしくお願いします、フェリシア」
差し出された手を取って、力強く握手する。
初めての王都観光。初めての女友達とのお出かけ。今日ばかりは剣も置いていく。
期待に胸を躍らせて、ハリエットたちは城下に繰り出した。




