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初恋のフォークロア  作者: 遠梶満雪
初秋の段
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不穏な痛み

 また強く蹴られて目が覚めた。

 その痛みに吐き気すらも感じられないほど、思考に靄がかかっている。マクシミリアンは手足を縄で縛られて、どこか倉庫の床に転がされていた。


「ライン家のマクシミリアンだな?」


 彼らのリーダーと思しき義眼の男が、マクシミリアンの顔を覗き込む。それを睨みつけて黙り込んでいると、義眼の男は乱暴にマクシミリアンの髪を掴み上げ、無理やり顔を近付けさせた。ずれた方向を見つめ続ける義眼が、ぎょろりと傾く。

 さらに、潰れるかと思うほど喉元を握り締められ呼吸に異様な音が混じる。


「あまり俺を苛立たせるなよ。お前はマクシミリアンか?」

「…………そ、うだ」


 虚勢を張ってはいても、その目には怯えの色がはっきりと浮かんでいる。それに気を良くしたのか、義眼の男は手を離して大声で笑った。


「これだからお高く止まった貴族のガキを脅してやるのはたまらんなあ! スカッとするぜ、ガハハハハ」


 マクシミリアンは掠れた声で尋ねる。


「目当ては身代金じゃないな、誰の差し金だ」

「さあね、名前なんか聞かなかった。お前が邪魔だっつうお貴族様らしいが」


 可哀想に随分と恨まれちまったなあ、と義眼の男は目を細める。


「さあて、バラして王都の水路にでも浮かべるか、それとも喉元掻っ切ってから野原に放り出して魔獣の餌にしてやるか。まあ、大人しくしてればせめて苦しくないようにしてやるよ。おいバッカス! 荷馬車組を呼んでこい」


 へえい、と返事をした仲間の男が一人、外へ出かけて行った。義眼の男も残った仲間に外へ出るよう顎で促す。


「馬車の奴らが来るまでに俺たちで隠し通路の穴を埋め戻すぞ。布で隠してるとはいえ、幾ら何でも風通しが良過ぎて気づかれるからな」


 そうして、倉庫には浅い呼吸を続けるマクシミリアンと二人の見張りが残された。


 冷たい床にうつ伏せて、マクシミリアンは可能な限り周りに注意を払った。


(微かに話し声と音楽が聞こえる……多分、まだ王城の敷地内ってことなんだろうけど……)


 流石にここから大声で助けを呼んでも、誰かが通りがかる前に見張りに止められるだろう。他に手立てを考えようとするが、痛みが思考を妨害する。


 暴れたときに口の中を切ったのか、甘い血の味がじんわり広がるのを感じながら、マクシミリアンは暗い倉庫で身を縮こめた。


──────────────────────


 時は少し遡り。


「おいジルコン、やべえ、とっととずらかるぞ」

「ずらか……? 何かあったのか?」


 談話室の喧騒の中で、アールがジルコンに耳打ちをする。アールは呆れたような顔で、親指で後ろを指さした。


「馬鹿たちが酒盛り始めやがった、バレたら大目玉だぜ」


 見れば奥の方で下位貴族の生徒たちが、どこから持ち込んだのか葡萄酒の瓶を二、三本開けて注ぎ合っていた。


 無論、学則違反である。もしこのことが講師側に知られれば、彼らは学院長にこってり詰められることになるだろう。そして恐らくは、同じ部屋にいた者にも累が及ぶはずだ。

 だから今のうちに抜け出して知らぬ存ぜぬを決め込もう、という訳だ。


「待て、アール。まずは俺たちが口頭で注意すべきじゃないのか」

「どうせ貴族でもねえ奴の言うことなんか聞きやしねえよ。つか、一度締め上げられたほうがあいつらの為ってもんだろ」


 アールはさっさと席を立つと、ジルコンにも部屋を出るよう促す。ジルコンは何か言いたげだったが、諦めたように首を振ると彼に続いた。


 彼らを諭して止めたいのは本心だが、アールの言葉が何の根拠もなしに生まれたものではないことも分かってしまったのだ。


 月明かりが差し込む廊下を歩いていると、少し遠くの王城の倉庫の周りに、数人が集まっているのがアールの目に止まる。夜闇と距離で細かい様子までは分からないが、どうも誰か人間を倉庫に押し込んでいるようだ。


 足を止めて窓の外に顔を向けるアールに、ジルコンが不思議そうに声をかける。


「どうした」

「いや、なんか、倉庫に連れ込まれてる奴がいたように見えてよ」

「それは……先生方に知らせるか?」

「まずは様子だけ見に行ったほうが良いかもな。カレッジの奴が面倒な貴族に絡まれてんだったら先生呼ぼうぜ、単にお偉方にヘマしたウェイターをどやしてるだけかもしれねえけど」


 そう言うと二人は、玄関に降りる階段のほうへ足を早めた。どことなく異様な雰囲気を感じ取っていたのかもしれない。


 そんな彼らを見下ろす月の光に紛れながら、空の向こうで星が瞬いていた。

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