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初恋のフォークロア  作者: 遠梶満雪
初秋の段
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仮面舞踏会④

 マクシミリアンとハリエットが広間の中央へ足を踏み出す。これから始まる楽曲は『星を見た皇帝』。


 かつてウェールツディットにあったとされる帝国の最後の皇帝を題材に取った、古く名を知られた舞曲である。


「大丈夫ですか?」

「うん、行こう」


 仮面の奥から目と目を合わせ、穏やかに笑って手を取り合う。


──────────────────────


 『星を見た皇帝』は物静かな管楽器の独奏から始まる。


 才に恵まれていても、身も心も孤独な若き皇帝。冷え切った白い塔の中で、彼は窓の外を見る。


 そこには無数に美しい星々が煌めいていて、息を呑んで手を伸ばす。彼はその星の輝きに恋をした。


 揺れ動く熱い瞳に、星の一つが振り向いた。

 星は若い女の姿に変わり、彼の行く手を導く。


 段々と音が加わり、かの皇帝の軌跡をなぞるように音楽は盛り上がっていく。様々な響き、様々なリズムが見事に組み合わさり、複雑でありながら一つの塊として成立する。


 彼はもう孤独ではない。

 人を愛し、人に愛された至上の君主。


 星とは民。煌めきとはその営み。

 彼こそは、かくあれかしと望まれて、人の上に立つものである。


 伝承の中で星の精と皇帝は、正体を隠すための仮面を身につけ舞踏会に参加する。これが仮面舞踏会の起源であり、故に『星を見た皇帝』は必ず演奏されてきた。


 舞曲は最大の盛り上がりを迎え、そのまま落ちることなく終わる。まるで皇帝の生涯の、美しい部分だけを切り抜いて。その最期に迎えた悲劇など、最初から存在しないかのように。


──────────────────────


 息を切らして見つめ合う。


 どうしてこんなに息が苦しいのだろう、と思ってから、あまりにも夢中になって無意識に呼吸を詰めていたことに二人は気がついた。


「ハリエット、僕、いま凄く楽しいんだ」

「私もですよ」


 熱に浮かされたように、その紫の瞳を少し赤みがからせて、マクシミリアンは安らいだ微笑みを浮かべた。


 広間には雑談のざわめきが戻り始め、踊るペアの入れ代わりが始まる。二人はいそいそと壁際に避けた。


「また来年も、私と踊ってくれますか?」

「気が早いなあ! でも、喜んで」


 幼い頃の友情の思い出と、お互い秘めた恋心が混じり合い、指の先まで興奮が巡る。


 僕は彼女が好きだ。

 私は彼が好きだ。


 でも、伝わらなくていい。ただ、いつまでもあなたの横に立っていたい。それは何という名前で呼べばよい感情なのだろう。


 恋よりもささやかで愛よりも深い、この願いは。


──────────────────────


 遠巻きにそんなマクシミリアンの姿を睨みつけ、ヴァストは誰にも聞こえないように小さく小さく舌打ちをした。


 ああ、憎らしい。全てに祝福されているかのような、身に纏わりついた憂鬱すらも今だけは忘れているあいつが憎らしい。


 そして、そんな自分に嫌気が差す。


 美しき婚約者(タリカ)の隣に相応しくない、嫉妬にまみれた醜い自分が許せない。


 何もかもが苦しくて、どんな菓子も喉を通らなかった。


──────────────────────


「ごめん、ちょっとお手洗いに行かせて……」

「大丈夫ですよ、ここで待ってますから。くれぐれも気をつけてくださいね」


 舞踏会が始まって三時間ほど経った。そうなれば誰だってそろそろ用を足したくなってくるものだ。妖精も、流石にこればかりは見逃してくれるだろう。


 ハリエットは近くにいた知り合いの生徒と話して待っているつもりのようだ。マクシミリアンはいそいそとその場を離れ、奥の方にある手洗いに向かった。


 石壁の向こうはすぐ外のようで、空気の流れは良い。幾つかある手洗いの内の物陰に隠れた一つなので、マクシミリアンの他には誰もいない。

 火照った顔に、冷えた空気が心地良かった。


(ああ、少し冷静にならないとな。何か変なこと言わないように気をつけよう)


 勢い余ってハリエットに愛の言葉なんか囁いてしまったら、二度と立ち直れない気がする。


 なんてことを考えながら用を足し、手をすすいで早く戻ろうと踵を返す。


 そんなマクシミリアンの後ろから、大きな手が伸びてきた。


「……………………!?」


 口元を布で抑えられ、首を太い腕で締め付けられる。どこからともなく数人の男が現れると、マクシミリアンは便所の個室の一つに引き摺り込まれてしまった。


 へし折れそうなくらい爪を立てて暴れるが、びくともしない。

 鼻ごと強く抑えられたせいで酸欠で朦朧としてきた頭の中に、荒くれた平民訛りの会話が流れ込んでくる。


「言われた通りの紫の目のなよっちいボンボンだ、格好も間違いねえ」

「早くずらかるぞ、そろそろ他の客もションベンに来る頃だ」

「ったく、王城にこんな隠し通路があるとはな。あのいけすかねえ貴族野郎、これを知ってるなんて実は結構な立場なのか?」


 言葉の意味を深く考えている余裕はなかった。

 一生懸命に辺りを蹴り飛ばそうとしていると、鳩尾の辺りを一発殴られた。息が出来ない。あまりの痛みに気が遠くなって、身体の力が抜け落ちる。


(駄目だ、負けるな、逃げ出さなくちゃ、ハリエットが───)


 折角、彼女に喜んでもらえたのに、笑ってもらえたのに、全部台無しになるなんて嫌だ。だから絶対、自分で何とかしなきゃいけないのに。


(でも、もう、意識が…………)


 段々と薄れていく思考の中で、ぼんやりと兄の言葉を思い出していた。


『何にせよ──きっと無理だから』


 そこで視界が真っ暗になった。


 そうして男たちは個室の壁に掛けられた布を一枚外すと、その先に出来た薄暗い通路へマクシミリアンを運び去ってしまったのである。

ここから盛り上がる予定……です!

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