仮面舞踏会③
王子ベリアスとその恋人フェリシアのダンスを遠巻きに眺めているのは、彼女の兄、パーヴェル・ボルドヴァルである。
フェリシアは三人兄弟の後に生まれた待望の女の子だったので、父を筆頭に家族皆が溺愛している。そんな可愛い妹の意中の相手に対して思うところが無い訳ではないのだが、ここまで楽しそうな様子を見せつけられては文句のつけようがない。
丁度一曲踊り終わり、二人が休憩に戻ってきたところへ、パーヴェルは彼の相方の騎士アーサー・フェッチ・フォーザーと連れ立って現れた。
「流石でしたね、殿下。ところで足の指はご無事ですか?」
「ちょっと兄様!! ボクがベリアスの足を踏んでたって言いたい訳?!」
「うむ、三度ほど踏まれたが、この痛みも愛と思えば」
「ベ、ベリアスー!!!」
仮面でフェリシアの顔は分からないが、きっといつものようにころころと変わる表情で怒ったり照れたりしているのだろう。
フェリシアは自分をからかって遊ぶ兄の襟巻きをちょんと引っ張ると、精一杯の反撃を放つ。
「兄様こそ、今年くらい良い仲の方を連れてくると思ってたのに! お母様も心配してるんだよ!」
「四人もいるんだから一人ぐらい独り身で構わないだろ!!」
実際、パーヴェルはまだそんなことを気にするほどの年ではないのだが、「若くして円卓の騎士になると結婚に苦労する」という謎の伝説がボルドヴァル夫人を不安がらせている。
アーサーは微笑ましそうに兄妹のやり取りを見ていたが、思い出したようにベリアスの方を向いた。
「そうだ、ハロック卿とゴラウス殿はあちらに夫婦揃ってご歓談で、マリオラとフェッツ夫妻は向かいの壁に。クラメディアとアズワットが入口の方にいました。そのうち殿下にご挨拶しに来ると思います」
「そうか、ありがとう。ロベルト卿はマクシミリアンのところだろうか?」
「そう言えば見かけませんね。マクシミリアン公子とオクセンリーシュ達が話していたのは見ていたのですが」
きょろきょろと辺りを見回すアーサー。パーヴェルが不思議そうに呟いた。
「そもそもロベルト卿が誰と来るのか聞いてないんだよな。円卓じゃないみたいだし」
「もし女性なら一等爵夫人になるかもしれない人だ。確定するまでは隠しておきたいのだろう」
あの人に恋人ねえ……とにわかには信じ難そうな顔でパーヴェルは独りごちた。
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パーヴェルとアーサーが去ると、ベリアスのもとには色々な人々が代わる代わる挨拶に来る。コネクションが欲しい貴族や、次の王という目で見てくる議員たち、勿論ただ声を掛けに来たハーリたちのような友人もいる。
フェリシアも最初は猫を被って応対していたが、誰にも丁寧に返事をするベリアスに、余所の令嬢が頬を赤らめるのを見て、とうとう背を伸ばして彼の耳元に口を寄せた。
「ねえ」
「疲れたか?」
「ううん。ちょっと、嫉妬してるだけ」
可愛いことを言う、とベリアスは囁くと、フェリシアの小柄な身体を軽々抱き上げた。周囲から、わっと声が上がり、二人は注目を浴びる。
「すまない、私の姫君は人混みが苦手なのだ。少し二人きりで休憩させてもらうとしよう」
そう言うと、驚きの余り硬直しているフェリシアを抱え、そのままスタスタ歩き出してしまう。
「ちょ、ベリアス、あの」
「別に良いだろう、私もそろそろ飽きてきたところでな。早くケーキが食べたい」
「もう!!!」
落ちやしないかと身を縮めて肩口にしがみつくフェリシアの額に、ベリアスは軽く唇を落とす。それはまるで、誰かに見せつけるかのようだった。
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「あ、ご挨拶間に合いませんでしたねえ」
「アズワット、貴卿がもたついているからだぞ!」
テラスへ出ようとするベリアスを見送る円卓の騎士が二人。
一人は第十二席、嫌われもののアズワット。もう一人は第五席のクラメディア・メリネー。上位二等爵にして、自ら剣を取る珍しい女性貴族である。
それぞれを知っている者からすると、二人は気が合うようにはとても思われないのだが、何故か今夜は行動を共にしているようだった。
「いやいや、仲睦まじい若い恋人同士の間に割り込むのも無粋な話。我々も、今日くらいは政治も忘れて純粋に楽しんで良いのでは?」
「貴卿に無粋とか言われたくないのだが……。というか、だったら楽しむより何より先に真面目に社交をしろ! 没落しかけている自覚があるんだろうな貴卿は!!」
ツェルン家もメリネー家も、書類上は上位二等爵に分類される古き名家の血筋である。
しかし、「皇帝殺しの血」の汚名でエルリンテン系ライン系両貴族からの心象が悪く、アーシュライエンの内乱でも痛手を受けたツェルン家は今や降格寸前。
メリネー家も元はエルリンテン王家からの分家で有力諸侯の一つだったが、連続して女性当主が継いだことでなかなか武功を得られず、年々影響力を失いつつある。
若くして爵位を得た二人の手に、各家の栄光は懸かっていると言っても過言ではない。
そういった意味では似たような立場の二人であり、同じ視点を共有出来るはずの相手なのである。
「そうだアズワット、貴卿こそ早く誰か素敵な御令嬢と結婚するといい。愛おしい妻子が出来ればそのどうしようもない性格も多少はマシになろう」
「どうしようもない性格だから結婚出来ないんですけど……」
冷たく言い放たれた言葉にややしょぼくれた様子で返事をしながら、アズワットは仮面を少し押し上げた。
「ともあれ、折角の良い音楽、良いご馳走。今のうちに堪能しておかなくては」
「…………何かあるとでも言うのか?」
クラメディアは不審そうにアズワットを睨めつける。彼はとぼけたようにこう答えた。
「何、こういうお祭り騒ぎのときには、妖精が悪さをする、とおばあちゃんがよく言うでしょう?」




