仮面舞踏会②
「おや、マクシミリアン公子。楽しんでおられますか?」
「学院長!」
まずは美味しいものを、と王城のシェフ謹製スイーツを堪能していたマクシミリアンとハリエットに、背後から声を掛けてきた男装の麗人。エルリンテン配下の貴族らしい華やかな衣装を纏っている。
彼女は円卓第四席、オクセンリーシュ・フベルクデッカーターである。王より智慧の剣を授けられ、それを以てカレッジの学院長に任命された。
彼女はハリエットを見てから、うんうんと頷く。
「ハリエット・ウェルテ、君もよく楽しみなさい。それも学ぶということですから」
「は、はい」
仮面などないかのように個人を認識されたことにハリエットは驚いた。貴族のように紋章をつけてはいないし、背格好だって特筆するところはないはずであるのに。
それともこの程度、いとも容易くこなさねば、王城勤めなど出来ないということか。
「ほらスフェン卿、あなたの主家の方ですよ」
オクセンリーシュがぐいと引っ張ったのは鏖殺卿スフェン・ヴァヴェルスモーク。彼女は彼とペアを組んだらしい。
普段着ている東方風の軽やかな装いとは違い、マクシミリアンのそれにも似た、かっちりした衣装だ。
スフェンは無骨な仮面を少し押さえて考え込むと、短く答えた。
「オースティン?」
「マクシミリアンです……」
言われてみれば、と頷くスフェン。
オクセンリーシュが信じられないものを見る目をしている。
「背丈とか全然違うでしょう!」
「髪の毛が栗色だったから……」
この人、兄と友人だった筈だよな、とマクシミリアンは心の中で思う。深く物事を考えない人だとは聞いていたが、ここまでとはちょっと予想していなかった。
寧ろ長兄と間違えなかっただけ良い方なのだろうか。
「全く、あなたよりカレッジの生徒のほうが余程ちゃんとしてくれますよ。ハリエットをご覧なさい、公子と並ぶに相応しい立ち姿ではありませんか」
「え? あっ、恐縮です!」
オクセンリーシュはやれやれという口調で呆れ返りつつ、片手でがっしりとスフェンの衣装の紐を掴んでいる。そうでもしないと彼はすぐにどこかへ行ってしまうのだろう。円卓の引率という彼女の評判は本当らしい。
「生徒といえばですが、うちの従兄弟の姿がどうにも見当たらないのですよ。お二人は何か知りませんか?」
「ジルコン? いえ……」
そう言えば噴水のところでもそれらしい姿は見かけなかった。マクシミリアンとハリエットは顔を見合わせると、揃って首を傾げた。
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「お? ジルコンじゃん」
「ああ……アールか」
カレッジの一角、男子寮談話室では、舞踏会に行けなかった男子生徒たちが集まって慰め合う会が開かれるのが恒例だった。
片想い相手を誘って即失恋した傷が癒えなかったり、別に女子と行く必要はどこにもないのに見栄を張ろうとした結果、最後まで誘いが来ると信じて待ち続けたりした生徒たちばかりの、実に悲しい空間である。
そこで飲み物や菓子でも差配して小銭を稼ぐかとやってきたアールは、部屋の隅で一人紅茶を飲むジルコンを見つけたのだった。
「こないだまであんなにぞろぞろ引き連れといて、結局本命にはフラレたのかよ」
ジルコンが彼をペアにと望む女子生徒たちに追い回されていたのは誰しもが知るところである。彼のような騎士らしい生徒、それも英雄の息子ともあろう男がこの部屋にいるのはらしくない。
しかし、ジルコンはなんてことないように答えた。
「いや……誘いは全て断った」
「はあ? こんなとこいたら殺されるぞお前……」
怪訝そうな顔で言うアール。
ジルコンは遠くを見るような目つきで呟いた。
「俺は、本物の騎士を見たんだ」
「王城行けば死ぬほどいんだろ」
「職業の話じゃなくて……心の話さ」
それに比べれば、自分なんて所詮は見習い、真似事に過ぎない、と感じたのだという。
「魅せられてしまった、というべきだろうか。そんな状態でペアを組むのは相手に失礼だろう」
「余所に目が向く自分が許せねえってか。にしたって、ここにいるのは何でだよ」
それは簡単さ、とジルコンは言う。
「失恋したんだ、俺も。理想の自分という恋を打ち砕かれてしまった」
静かな自室にいて苦しむよりは、喧騒に慰めを求めたって良いだろう、と彼は続けた。その寂しげな顔に、アールは自分の頭を掻いて、どっかりとジルコンの隣に腰掛ける。
「……お前の格好つけた喋り方、遠回し過ぎて分かんねーんだよ! もっと詳しく言えっての」
その言葉こそ、遠回しな言い方である。
ジルコンは少し表情を和らげると、年下の小さな友人にゆっくりと語り始めた。
「あれはふた月前のこと──」
「もっと手短に!!」
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「まあ、出席するかどうか再三尋ねてもはっきりしない返答でしたから、来ていないのかも知れないですね。では我々はこれくらいで」
そうして二人の騎士が立ち去ると、マクシミリアンは手に持ちっぱなしだった空のグラスをウェイターに渡した。
「ああ、ほら、見て。ベリアス達が踊ってる」
「お上手ですね!」
妖精にも思えるほど軽やかなフェリシアの足取りに、周囲の客が歓声を上げた。食い入るようにその様子を見ているハリエットに、マクシミリアンが尋ねる。
「僕たちも行く?」
「いいんですか?」
ぱっと顔を上げたハリエット。彼女の興奮で少し紅潮した頬が目に入り、マクシミリアンは心臓がむず痒くなる。
「…………あ、やっぱりもう少し待って……」
「何なんですか! 仕方ないですねえ!」
じゃあその前にもう一つ、とケーキの皿を取った彼女を見つめ、マクシミリアンは少しだけハリエットを他の客から隠すように立った。
もう少し、もう少しだけ、彼女を独り占めしたかった。こんなお祭り騒ぎの一瞬くらい、我儘を言ったって許されるかも知れない。
自分でも言い訳がましいな、と思いながら、マクシミリアンは心の中で小さく笑った。




