仮面舞踏会①
軽やかな鐘の音は、高位貴族の入場を示すものである。辺りがさっと静まり返り、音楽隊の奏でる音色だけが静寂を蝕む。
数多の仮面の向こうから飛ばされる視線に、マクシミリアンは思わず自分の首元を押さえつけそうになった。
人々とすれ違う度、噂話の声が聞こえる。
「今のはどなた? 素敵なお召し物ね」
「地平線に天馬の紋章だ。あれはラインの末の公子じゃないか?」
「こういう場には来ないものだと思っていたが」
「なんと凛々しい御姿か」
「隣の方はどこの御令嬢だろう?」
「可愛らしいお二人だこと」
段々と会話が戻ってくるのに安心して、ハリエットの手を軽く引く。
「囲まれる前に奥まで行こう。そこで踊るか知り合いと話すかしていれば多分平気だから」
「そ、そうですね……」
通常のそれとは違い、この舞踏会においては仮面というのは形だけのものだ。
面と向かって会話していれば、その人の装いや振る舞いだけでどこの誰というのは自然と知られる。
それでも仮面を外さないのは『あくまでも家柄や身分に関係はなく、ただ偶然に知り合い、皆で楽しむ』という前提があるからである。
勿論、他の誰も目に入らないほどにペアの相手と熱く想い合うのも選択肢の一つだ。
それをするだけの自覚と勇気は、まだこの二人には存在しないのだが。
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ドレスと同じ、雪のような白の仮面の隙間から、ハリエットはマクシミリアンを見上げた。
そう言えば、昔は自分のほうが背が高かった。
それは勿論、ハリエットが二つも年が上だったせいもあるだろう。しかし、それを抜きにしても、ラインの屋敷で寝込んでいた頃のマクシミリアンは、華奢で、小さくて、吹けば飛んでしまいそうな子どもだった。
それが今はどうだろう。
少し痩せ気味なのは変わらないが、重厚な衣装に着られないくらいの体格になって、つむじなんかもう見えやしない。こうして歩いていたって、周りの貴族となんら遜色ない、いや、それ以上の雰囲気がある。
薄手の手袋の向こう、繋いだ手は温かくて大きくて、僅かにごつごつとしていて────ああ、まるで。
(格好良い、大人の男性みたいな……)
一際大きく、心臓が脈を打つ。
記憶にある彼と今の彼の間を、ハリエットは知らない。
自分の背丈を彼が追い抜いた瞬間を見たことがない。
低くなり始めて掠れている時の声を聞いたことがない。
その前に彼は王都のロベルトの屋敷に連れて行かれ、全てが終わった後に再会した。
だから、久しぶりに見た彼はどこか、遠くから来た見知らぬ王子様のようでもあって、でもその瞳の奥にはあの小さな坊ちゃんが変わらず隠れている訳で。
(それで私、頭がぐるぐるしてきちゃって……)
もしかして、自分が彼を守る必要なんか、もうどこにもないのではないだろうか、と思った。それは小さな不安として、ずっとハリエットに付き纏っていた。
今こうして、彼の成長を目の当たりにすると分かることがある。
必要かどうかは問題ではないのだ。
今や彼は誰もが夢見る理想の貴人。
彼の騎士として、彼の守り手として、仕えることが出来たなら、それはどれほどばかり誉れ高いことだろう。ああ、その栄光の為だけに、どこまでも共にいたい。
たとえ騎士ごっこだと嘲られても、ただの我欲と蔑まれても。
そしてその先、旅路の末で、この小さな小さな恋心はようやく報われるのだろう。




