開幕
カレッジの中庭に存在する『白鷲の噴水』は、仮面舞踏会の待ち合わせの名所である。
日暮れ直後の薄暗がりに、普段より多めに置かれた蝋燭が浮かび上がった。
マクシミリアンは周りの視線を気にしながら、肩に掛けたマントを引き寄せるように押さえて立っていた。ライン風の造りのしっかりした重たい衣装が、なんだか随分と軽く感じる。
浮き立つ心が抑え切れていないらしい。
「やあマクシミリアン、よく似合ってるじゃないか」
「……ヴァスト! それにタリカも」
二人の長身を存分に活かした、身体の線に沿ったシルエットは対と称するに相応しい。暗めの色合いで揃えたヴァストに対し、タリカが各所に纏う火吹きウサギの真っ白な毛皮が互いを引き立てている。
「ハリエットはまだ来ていないのね。フェリシアたちは……多分王城側から来るから、ここにはいないかも」
真珠の耳飾りを少し揺らして、タリカは首を傾ける。そんな彼女の手を引いて、ヴァストは先へ促した。
「ここは冷えるし、僕らはもう行くよ。また会場で会えたら会おう。まあ、仮面とめかしで誰が誰だか分からないかも知れないけど……」
「君たちは流石に遠目にも目立つんじゃないかな……」
そうして二人の背中を見送ると、今度はハーリと西花が通りがかった。それぞれの晴れ着と思しき格好は異国情緒に溢れ、普段とはまた違う印象を与える。
「それラインの服なん? ゴツくてかっこええな!」
「ありがとう。二人もすごく似合ってるよ」
「こちらが本来の姿だからな、当然だろう」
長い袖を口元に当て、西花は鼻を鳴らす。ふと思いついたマクシミリアンは、何の気無しに尋ねた。
「そう言えば何でペアを組んだの? 確かに仲は良いと思ってたけど……」
「ぼくらに女の子のツテがあると思うん? そりゃ君らは選り取り見取りやろけどな?」
「ご、ごめん……」
いや、選り取り見取りな訳ではないが。
「それは冗談やねんけど。本当のところを言うと、エルリンテンに伝わる怪談を確かめようと思ってな」
「怪談?」
「こういうお祭り騒ぎんときに、出席者に紛れて昔の王様たちの幽霊が遊びに来るって伝承を見つけてな! 探したろと思っててんけど、それやとペアの子が可哀想やろ」
「付き合わされる俺は可哀想じゃないのか」
雰囲気が違っても、やることは変わらないらしい。幽霊か……と考え込んでいたマクシミリアンは、思わず呟いた。
「え、でも、どうやって本当の出席者と区別するの?」
「…………………………あ」
全員仮面をしているし、ハーリは王城の人間には詳しくないだろう。
考えていなかったと言わんばかりの顔である。横で西花が溜息を吐いている。
「…………まあ、が、頑張って……」
「マクシミリアンもご協力お願いします……」
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辺りは夜闇に包まれた。
どんどんと人は減っていき、噴水の前にはマクシミリアンしか残っていなかった。もうすぐ舞踏会は始まってしまう。
遅いな、とは思わなかった。あるのはただ、不安を押し込めるに充分な高揚感と、少しの緊張。
お出かけ前の夜の子どもみたいにワクワクしているのだ。
だから、暗闇の中から女神の衣が如く、裾を翻して彼女が現れたとき、二人はまるでずっと昔に戻ったようだった。
繻子織が歩みに合わせて揺れる度、艶めかしい煌めきを放つ。その真っ白な光沢は彼女そのものを表しているようにも思われた。
いつもとは違い、きっちりと団子に纏められた金髪が、ハリエットを物語のお姫様のようにさせていた。
「お、遅れてしまってごめんなさい、支度に時間がかかって……」
頬が紅潮するのを感じる。
心配そうに上目遣いでそう尋ねてくる彼女に慌てて、マクシミリアンは顔を反らした。
「き、気にしないで! あの、ドレス、似合ってる、すごく」
頭に浮かんだ言葉がぐちゃぐちゃになって飛び出していく。早く落ち着かねばと焦る度に、どんどん深みに囚われる。
「……すごく綺麗だ」
「…………!」
ハリエットが恥ずかしげな顔で俯く。それを見てマクシミリアンも口をパクパクさせて段々と目を泳がせる。悪くない居心地のする沈黙だ。
「…………ここは冷えましたよね! お体に障りますから会場へ移動しましょうか!!」
「そ、そうだね。でも冷えたりはしてないよ、ほら、こんなに指先まで熱くって……」
とにかくハリエットの遅れを責めたくない一心で、マクシミリアンはぴとっと手をくっつけた。
一瞬の間を置いて音速で手を引く。
「ごめん、つい昔みたいな気分で!!!!」
「大丈夫ですから!!!!」
大丈夫ですから、とハリエットは小さく繰り返して言った。歩き出しながら彼女は、そっと手を繋ぎ返す。
「そんなに温かいなら、ちょっと分けてください!」
「ハリエットの手のほうが温かいよ」
「気のせいです!」
そんなことを言いながら、明かりの漏れ出す会場の入口へ近づいていく。人々の歓声が聞こえるようになって尚、ハリエットは手を離すどころか一層強く握り締めた。
「君と来れて、本当に良かった」
マクシミリアンは誰にも聞こえないくらいの小さな声で、そう呟いた。
仮面をつけ、招待状を警備の騎士に渡し、鐘の音と共に二人は一歩を踏み出す。
さあ、夢のような甘いひと時を過ごそう。




