星の影法師①
待ちぼうけを食っている。
ハリエットはきょろきょろと辺りを見回して、マクシミリアンの姿を探した。
ただの手洗いへ行ったにしては長い。途中で具合でも悪くなったか、それとも広い部屋と人混みで迷ってしまったか。
待っている、と言った手前その場を離れるのは良くないのではとも思ったが、何か引っかかるような気がして、ハリエットは彼の向かった方へ足を進めた。
どこまで行っても、やはりマクシミリアンの姿はない。不安げに、周囲を見上げるようにハリエットが歩いていると、栗色の髪をした男性とすれ違った。その雰囲気があまりにもマクシミリアンに似ていて、思わず袖を引いてしまう。
「あっ」
「………………? どうしたのかな」
その男性は連れの女性と共に振り返った。確かに彼の物腰や背格好はマクシミリアンと良く似ていたが、衣装は全く違う。如何にも高貴な人物の服というのは同じでも、金糸の刺繍が豪奢な、西方の少し古めかしい意匠だった。
「す、すみません、人を探していたもので」
恥ずかしさに声を段々と小さくすると、相手の二人は顔を見合わせた。少し考えてから、ハリエットに優しく尋ねる。
「君がさっき素敵に踊っているところは見かけたよ。あの彼とはぐれてしまったのかな?」
「……はい、お手洗いに行くと言ったっきり戻らなくて」
そう答えると、連れの女性が艶やかな深い青のドレスの袖を口元に当て、男性を軽く肘で突いた。
「見てきて差し上げれば良いでしょう。酒気にあてられて倒れているやも知れませんよ」
「それもそうだな、ちょっと行ってこよう」
「でも、お手数をお掛けする訳には……」
言い終わらない内に、男性は早歩きで行ってしまった。追いかけようかと迷っているハリエットに、良いんですよ、と女性は笑いかける。
「折角我々もこんなに楽しませてもらっているのですから、皆が憂いなく終われるようにお助けするのも筋でございましょう」
「……そういうもの、なのでしょうか」
「そうでございますとも」
ニコ、と笑いかけたその女性の口元に、ハリエットは何故かロベルトのことを思い出した。抱く印象は真逆だというのに、不思議なものだ。
しばらくして男性が戻ってくると、申し訳無さそうにこう言った。
「中には誰もいなかったけど……」
「えっ?」
僅かに抱えていた違和感が膨れ上がり、頭が段々と覚めてくる。マクシミリアンに何かあった。何かがあったのだ。それは恐らく“妖精の仕業”などではない。明確な誰かの悪意である。
油断した。私の落ち度だ。またやられた。
「大丈夫かい? 顔色が悪いが、無理もないな」
二人が心配そうにハリエットの様子を窺う。迷いを断つように首を振ると、ハリエットは顔を上げた。
「すみません、助けて頂きありがとうございました。…………私、もう行かなくては」
ぺこり、と礼をして後ろに下がる。二人は驚いたようだったが、事情があると分かったのか、男性が折り畳まれた古い紙を懐から取り出した。
「…………君にこれをあげよう。敬意と──良いものを見せてくれた礼だ」
決して、大人に見せてはいけないよ、と言うと、二人はそのままどこへともなく去ってしまう。それならいくら辺りを見渡しても姿はなく、跡形もなく消えてしまったかのようだった。
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「この倉庫、かび臭くて敵わんな。外に出ようぜ」
「そうだな、どうせそろそろ皆も来るだろ」
嫌そうに口元を抑えた見張りが、相方と共に倉庫の外へ出た。
時間もかなり過ぎている。
このまま荷馬車に乗せられてしまえば、いよいよ自分の命はないだろう。マクシミリアンは冷え始めた身体にざわつきを覚える。
監視の目もなくなったので、どうにか縄が千切れるか、せめて緩みはしないかと藻掻いたが、手首足首が血に塗れるのが先だった。
段々と焦りに駆られるマクシミリアン。そんな彼の耳に、聞き馴染みのある声が微かに届いた。
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「よし、ジルコン、ちょっと肩貸せ」
「こう、か……?」
倉庫の裏手、換気孔の下にしゃがみ込み、アールとジルコンは声を潜めて話し合う。アールはその小柄な体を肩車してもらい、倉庫の壁の些細な凹凸を使って換気孔まで器用に攀じ登った。
足元が覚束なくなったところを、ジルコンがすかさず支えにかかる。
換気孔を覆う金網をぐっと押すと、案外簡単に取り外すことが出来た。水源が多い立地の関係で、すっかり錆びきっていたらしい。
「よっこいせ、っと」
明かりもない倉庫の中はほとんど様子を窺うことが出来ない。それでも、何かが床で動いていることは分かった。
それはアールの気配に気がつくと、不安げな声を漏らした。
「…………誰?」
アールは異変に気がつく。妙に掠れた友の声、ほんのりと香る血の匂い。涼しい夜にも関わらず、じっとりと汗が滲んだ。
「……なんでお前がここにいんだよ? マクシミリアン」




