ロベルトとマクシミリアン①
「はあ……」
「顔色が優れませんね、今からでも帰りますか?」
「いや、必要なことだから……」
王都の一角、政治家の家や貴族の別邸が建ち並ぶエリアにマクシミリアンとハリエットは来ていた。
目の前にあるのはマクシミリアンの兄、ロベルトが住んでいる屋敷だ。かつてはマクシミリアン自身も暮らしていたことがある。
マクシミリアンの仮面舞踏会用の衣装をここに預けてあるのと、頼んであったハリエットのドレスの仕立てが終わったそうなので、それらの状態を確認しに来たのだ。ついでに、二人の礼儀作法のチェックもしてもらうことになっている。
両方、頼んだというよりは、断り切れなかった訳だが。
端的に言えばマクシミリアンは兄が苦手だった。
いつもにこにこしていて何を考えているか分からないし、過度なスキンシップを取ってくる割にはきついことを言ってくるし、良くも悪くも没交渉な分もう何年も顔すら見ていないオースティンのほうがマシだと感じていた。
(ていうか、兄さんも僕のこと嫌いだと思うんだよな……)
実際、目障りな弟である自覚はある。
頭脳は格段に劣り、引っ込み思案で口下手な性格なのに、外見だけは母親似のロベルトとは対照的に若い頃の父親そっくりで、それだけで持ち上げる臣下までいる。
彼からしてみれば、面白い訳がないだろう。
「本当に大丈夫ですか?」
「いや本当に平気だから」
そんな胸の内を明かしたことはないが、何故かハリエットもロベルトを毛嫌いしているようだった。
昔に何か嫌なことでも言われたのだろうか、と思っても、名前を出すだけでちょっと不機嫌になるので聞き出せたことがない。
「入るか……」
意を決して呼び鈴を鳴らす。
マクシミリアンは頭がくらくらし始めた。
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「やー、よく来てくれたね!」
満面の笑みで出迎えてきたロベルトが、いつものようにがっつり肩を組んでくる。距離が近い。精一杯、眉間に皺を寄せて抗議の意を示すが特に効いてはいないようだ。
隣ではハリエットが凄い顔でロベルトを睨んでいる。
「あ、兄上……お仕事があるのでは……」
「弟のために休んだに決まっているだろう! ……というのは冗談で。私も舞踏会に出るからね、準備があるのさ」
王城勤めの貴族や騎士の間でも、仮面舞踏会の準備のために休みが重ならないように調整がされているらしい。
そう言えばカレッジの講師も最近順番に休暇を取っていたな、とマクシミリアンは思い出した。
「今年の出席者は本当に凄いからねえ、私も気が抜けないよ」
カレッジからは、王子ベリアス、マクシミリアン、ヴァストと国内高位貴族を始め、ツォの皇子西花、マルムドゥの官僚候補ハーリ、絶世の美女と称されるタリカが参加する。
それを迎えるように王城からは政治の中枢を握る大臣各位、有力諸侯に加え、鏖殺卿スフェン、妖精卿アーサーなど普段は社交界に現れない顔触れまで集まるという。
「マクシミリアンは勿論だけれど、その隣に立つハリエット、君にも格好や作法には何より気をつけてもらわないとね」
「当然です!!」
少しムキになって言い返すと、ロベルトは意味深長な笑みを浮かべる。
「良い返事だ! まあ、何はともあれ、ドレスも完成したんだ。色々チェックしてみよう」
そう言ってロベルトがベルを鳴らすと、屈強という言葉が似合いそうな中年の女性が部屋に入ってきた。とにかくガタイがいい。そんな彼女にマクシミリアンとハリエットが圧倒されている間に、ロベルトは簡単に紹介する。
「彼女がハリエットの仕度と作法の確認をしてくれるマリアンナさんだ。うちで十年働いているベテランだぞう」
「ビシバシいくわよ」
「よ、よろしくおねがいします」
間違いなく高身長の部類であるロベルトよりマリアンナのほうが背が高く見える。錯覚なのだろうか。
「私、頑張りますので! 楽しみなので!!」
「うん」
キッとした顔つきで宣言するハリエットにマクシミリアンも頷く。こういう真剣な眼差しをする彼女はとても愛らしく感じるのだ。そんな彼の肩に容赦なくロベルトが手を乗せた。
「で、お前は私と」
「ひぇ……」
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「マリアンナさん!! もう無理! もう無理です!!」
「駄目よ!! 貴族の世間話は長引くの! 顎と肩は引いて! ちょっと、立ち方が雄々しいわよ!!」
「足を閉じるとふくらはぎがぁ!!」
実のところ、ハリエットは慢心していた。
長い間立っているくらいなら、と軽く考えていたが、全く使う筋肉が違う。脚が妙な痙攣を始めている。
こんな状態で柔らかな笑顔を維持など到底不可能だ。
「うーん、背筋はしっかり伸びているし、体幹も優れているのに、どこかちょっと勇ましいというか……」
「マリアンナさーーーん!!!」
幼少期の父親の特訓を思い出すような時間のあと、今度は食事作法を確かめられる。が、意外にもハリエットはなかなか上手くこれをこなすのである。
「あら、上手じゃないの」
「友人に指導して頂きまして」
勿論、カレッジでもそういう授業は開かれている。
更に、同室のタリカは、外見だけでなく行儀作法でも有名な淑女なのだ。彼女の真似をして正しい作法を覚え、フェリシアからの鋭い指摘で磨き上げられた訳だ。
「良いお友達がいらっしゃるのね」
「はい、誇りです!」
嬉しそうに返事をするハリエットを見て、マリアンナは少し眉尻を下げた。
その後、食器を二人で片付けながら、マリアンナはぽつりと呟いた。
「……ハリエットって言ったわね」
「はい」
「私の母がね、ラインのお屋敷で働いていたのよ。今はもうあちこち悪くして田舎に帰ってしまったのだけれど」
マリアンナ曰く、そんな母親が、何度も何度も手紙に書いていたことがあるという。
「昔、収穫祭の夜に坊ちゃんと一緒に水を飲みに来た女の子にお菓子をあげたんだって。その子はパーティーが羨ましそうで、とても行きたそうで、でも何にも言わないのがいじらしくて仕方なかったって」
顔に出てたか、と内心で目を逸らす。
マリアンナはハリエットの金の髪を優しく撫でると、笑いかけた。
「…………良かったわね」
久しく忘れていた感覚にあの日のお菓子の甘い味が蘇る。
ハリエットは、少しだけ目の奥が熱くなった。




