少年よ大志を抱け①
「かわいい〜〜〜!!!!」
マクシミリアンの袖をぐいぐい引っ張りながら、いつもより少し上擦った声を上げるハリエット。彼女の指差す先には、まるっとしたフォルムの動物がいた。ぴこぴこ動く耳、短い四足歩行。ぽてぽてと歩いては、太い尻尾を毛づくろいしている。
「何? 何なんですかアレ? ンーカワイイ!」
「あれはポケットラクーンって言って、王都周辺に棲んでる魔獣なんだって」
マクシミリアンはそろりそろりと近づくと、ポケットラクーンを両手で抱き上げる。魔獣はさしたる抵抗もなく捕まると、ぽけーっとした顔でマクシミリアンを見上げていた。
「このお腹の袋に硬いものを貯め込む習性があって…………」
優しくひっくり返し、腹をもぞもぞ探るとマクシミリアンはほら、と手のひらを見せた。
ハリエットが覗き込む。そこには金属塊や鉱石、獣の角や爪などがごろごろと乗せられていた。
「これを集めて売るといいってアールに教えてもらったんだ」
「元はオレが商家んとこのサージェス・カリオと組んで小遣い稼ぎしてたネタなんだよ、最近忙しかったしこいつにちょっと任せただけ」
アールが三編みを指で弄りながら言う。
ハリエット、マクシミリアン、アールの三人は、ハリエットの衣装代の出処について、彼女に説明する為にカレッジ構内の隅の雑木林に来ていたのだった。
「こんな雑木林の中の空き地なんて誰も来ないからさ、どいつもこいつも袋がパンパンだったんだ」
ポケットラクーンは人間と共生する魔獣である。彼らは身を守るために柔らかい腹の防御力を上げようと硬いものを集めるが、その重さ故に足が遅くなり、結果として肉食動物の餌食になってしまう。
定期的に人がポケットを掃除することで生き残ってきた種族なのだ。ちなみに食用には向かない。
「だから別に危ないこととか変なことで稼いだ金じゃないって訳。法律にも校則にも触れてないし」
「な、なるほど、安心しました……」
ほっと胸を撫で下ろしたハリエットは、自分もやってみたいと毛玉を追いかける。持ち上げられても暴れもせず、噛みもせず、きょとんとしている魔獣に、可愛さの余り思わずぎゅっとしてしまう。思ったより生臭くてすぐに顔を離す。
そんなハリエットを、マクシミリアンはにこにこしながら眺めていた。
「そんで今日は、サージェスがちょっと多めに集めてきてくれって言っててよ、紹介料だと思って手伝ってくんねーか?」
アールが布袋を振ってみせる。
元気良く頷いた二人は、それから仲良く魔獣を捕まえ始めたのだった。
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「そう言えば、アールは何を目指してカレッジに来たんだ? いつもとても頑張ってるよね」
汗を拭いながらマクシミリアンが座り込む。アールは片眉をあげて応えた。
「んー、言ってなかったっけか」
アール・ラステンは平民出身、それも決して金銭的余裕のある家ではない。それが今年、数少ない教会推薦枠を使ってカレッジに入学すると、傍目から見ても明らかな努力を重ね、高位貴族の子弟に比肩するほどの好成績を修めていた。
もともと奨学生というのは大抵必死になって勉強するものだが、彼のそれは本人の出世への貪欲さも相まって一際注目されていた。
ベリアスやマクシミリアンとよくつるんでいるのは将来のコネクション作りだとさえ噂されている。そんな単純な話でもないことは、本人たちがよく分かっているのだけれども。
アールはポケットラクーンを抱き上げると、そのままマクシミリアンの横にどっかり座る。何となく、ハリエットも近くに腰掛けた。
「あー、オレさ、騎士団じゃなくて王城で働きてえの。ぎ、議員、とかになって」
「うん」
「でも別に国を変えたいとかそんな大層な理由があるって訳じゃない。誰が聞いたって鼻で笑うような話だぜ」
ほんとにちっぽけなことなんだ、とアールは小さく呟いた。
「昔々にさ、学もねえ、態度も悪い、平民のガキの言うこと真面目に信じてくれた奴がいて、それがただ嬉しくて、格好良くて──そいつと今度は王城で会うって約束したからよ」
尻すぼみに小さくなっていく声を誤魔化して、アールはわしゃわしゃと自分の髪を掻き上げた。
「はいもうこの話終わり。小っ恥ずかしくなってきた」
「終わり!?」
「何も恥ずかしいことなんてないじゃないですか!!」
突然の終了に目を見開いたマクシミリアンとハリエットは尚も彼に詰め寄る。アールは言い訳でもするかのようにわざとらしく声を張り上げた。
「まあ、金はかかんなくても、てめえの都合で親父に面倒クソほどかけてる訳だし、どやされねーくらいには頑張んなきゃってだけ」
「えー…………」
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五年前──
「少年、君の名前は?」
「…………」
「沈黙、まあそれも致し方ありません。胡散臭い顔だと良く言われるんです、私は」
その男は、痩せた小さな少年に向かい合い、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「まずは自己紹介をしましょう」
赤味がかった長髪を棚引かせ、スグリ色の瞳を優しく細めて、彼は己の名を名乗る。
「私はアズワット。アズワット・ツェルン」
その誇らしげな声と共に差し出された綺麗な手を、幼いアールはただ、じっと見ていた。




