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初恋のフォークロア  作者: 遠梶満雪
初秋の段
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36/49

奇妙な関係

 魔獣学の講義が始まるギリギリの時間、マクシミリアンとジルコンが隣同士の席に着いたのはほぼ同時で、偶然だった。


「やあ」

「うん」


 ジルコンが少し弾んだ声をすこぶる抑えて声をかけると、マクシミリアンは困ったようでいて嬉しそうな顔で頷いた。

 彼が全く視線を合わせてくれないのはいつものこと。誰と話している時だって、マクシミリアンの目は微妙によそを向いているんだ、とジルコンはよく分かっている。


 年老いた教授のしわがれた講釈が教室の奥まで響いている。


「ボリシャ国境の山地には、寒冷な環境に適応した魔獣が多く見られる。マクシミリアン・ライン! 例を述べなさい」

「は、はい教授。炭鉱熊(ミニカ)です」


 教授はわざとらしく黙り込むと、教鞭で手のひらを叩いてみせた。


「よろしい。では、特筆すべき生態は?」

「ええと、体内に変異器官を持つ炉心型の魔獣で、崖に穴を掘って巣を作ります。冬季は巣に貯めた燃料を食べることで体温を維持します」

「人間への攻撃性はあるかね?」

「とても高いです」

「有効な対処法は?」

「頑丈な狭所への待避、もしくは胸部炉心の破壊です」


 集中砲火の如く繰り返される質問に確実に答えていくマクシミリアン。聞き終えると、教授は満足したかのように何度も首を縦に振っていた。


「素晴らしい! 自領以外に生息する魔獣についてもよく予習している。皆も見習うように」


 マクシミリアンはほっとしたように背を曲げる。何かを誤魔化すように、ぐしゃりと髪を掻き上げてから、彼は溜息を吐き、項垂れていた。


 ジルコンはそれを横目でちらと見てから、自分のノートに視線を戻す。


 次に教授の獲物となった哀れな生徒が執拗に質問を繰り返され、しどろもどろになっている声を遠くに感じながら、二人は黙って並んで座っていた。


──────────────────────


「その、ジルコン」


 授業が終わってから、席を立つ前に話しかけられる。身体を回してマクシミリアンの方へ向き直ると、彼は泳ぐ目を必死にこちらへ向けていた。 


「この間はありがとう。ええと、ハリエットの服のこと……。彼女もすごく喜んでくれた。君の忠告のお陰だよ」


 ジルコンはハリエットと会話をしてから、彼女の本当の望みを叶えられるのは自分ではないことに気が付いていた。それは騎士の精神をもってしても、遠く届かないものだった。

 だからマクシミリアンに伝えたのだ。彼女の臆病と、不安のことを。


 どうやら問題は上手く解決したらしい。


「それは良かった。君がそうしてくれるのが、一番だと思っただけなんだ」


 ジルコンがそう答えると、マクシミリアンは口元を緩めた。それから、また少し困ったような眉で、重ねて言う。


「それで、その、あと、謝らなきゃと思って」

「何故?」

「…………ずっと君のことを苦手に思い込んで、避けてたことを。最初に話しかけられたとき、本当に驚いちゃって、でも、正直に言えば良かったんだ。父には昔のことは全く聞いていないって。それでも改めてお互いを知れば良かったんだから。……ごめんなさい」


 それは、とジルコンは言いかけて、黙った。自分は何を言いたいのだろう。落ち着いて正しく表現しないと、また彼とすれ違ってしまうと思ったのだ。

 一息ついて、真っ直ぐに返す。


「ならば俺も謝らなくてはならない。幼い時から父にライン公との冒険譚を聞かされて育って、君もそうに違いないんだと思い込んでいたんだ。父とライン公のような関係を、君と俺で築けるんだと幻想していた」


 自分の経験に囚われて、それ以外の想像を捨てるなどと、善き騎士としてあるまじき行いだった。

 最初に気安く話しかけたときのマクシミリアンの表情が、ジルコンの心の傷になっていたことは間違いない。しかしそれは、自身の踏み出した一歩がずれていた為の、省みるべき負傷だったのだ。


「俺たちはどちらも間違えていたのだろう。そして、唯一つ正しいことは、これから仲良くなればいいということだ。マクシミリアン」

「そうだね、ジルコン。少し遅かったかもしれないけど、君ともっとよく知り合えたら良いなと思っているんだ。良いかな?」

「無論だとも」


 ジルコンが自分の胸を強く叩く。

 マクシミリアンは少し目を伏せて言った。


「きっと、僕の父は……親とか家とかのあれこれ無しに、自然のままに、僕たちに関係を作って欲しかったんだと思う。だから何も言ってくれなかったんだ」


 ジルコンは父の言葉を思い出していた。


 フベルクデッカーターの家督も継げず、家長の補佐にもなれない末弟で、そんな己に拗ねていた自分に、ただ気が合うという理由で関わりを持ってくれたことが嬉しかった。

 彼との出会いは奇妙な運命に過ぎず、家も身分も何も関係なかった。だから素晴らしい思い出なのだ、と。


 英雄と呼ばれた父を持ち、その名誉を汚すまいとかつてジルコンは誓った。それと同時に、父の名誉で自分の名を呼ばれることのないように、唯一人の立派な騎士になろうと志した。


 ジルコンにとってカレッジは本当に良いところだった。様々な経験が、彼を本物の騎士に育て上げるのだ。


──────────────────────


 そうして二人は立ち上がると、それぞれの次の予定の場所へ向かい始めた。ジルコンは片手を挙げて挨拶をすると、ウインクをして言う。


「俺はベリアスの従兄弟で将来はエルリンテン家の騎士として仕えるはずだが、主従と友情は別だ。君の冒険に誘われたら迷わずついて行くから誘ってくれ!」

「あはは、その時はベリアスもヴァストもアールも、みんな誘って行かなきゃだ」


 こうして、マクシミリアンは一つ、困った結び目が解けた気分で足取りも軽く、カレッジの廊下を渡っていったのだった。

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