休日の二人②
「ねえヴァスト、頼みがあるのだけれど」
座学の合間の移動中、タリカに後ろから袖を引かれて呼び止められる。そのまま横に並んで歩き始めた彼女にヴァストは軽く聞き返した。
「何だい、改まって」
「今度、仕立て屋へ行くのについてきてくれない? ちょっと奥まった路地裏にあるから不安なのよ」
それくらい勿論、と頷くと、タリカは嬉しそうに目を細める。少しドキッとするくらい美しい光景に、ヴァストは慌てて目を逸らした。
実家が遠いタリカは、王都に屋敷がある生徒たちとは違い外出する時に護衛の使用人を呼ぶことが出来ない。
そのせいか、普段はあまりカレッジから出たがらず、こうやって自分から声をかけてくるのは珍しかった。その相手が女子の友人ではなくヴァストならば尚更だ。
ヴァストは期待と不安の両方が胸に湧き上がるのを感じながら、教科書を少し強く抱き締めた。
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秋も深まってくると、風に乗って飛んできた落ち葉が白い王都を飾り立てる。
水路に溜まった枯れ葉をつついて下流に送るのは街の子どもたちの仕事で、棒や箒を持った少年たちの姿はこの季節の風物詩である。
歓声を上げながら階段を飛び下りていく彼らを目で追いながら、タリカはヴァストに囁いた。
「フェリシアも昔お兄さん達と街の子に混じって水路掃除をしたことがあるんですって」
「聞いたことあるな、それ確か二番目のお兄さんが水路に落ちて大騒ぎになったんだろ」
「そうそう! フェリシアは大泣きだし他のお兄さんたちは真っ青で大変だったって」
大通りの水路は至って浅いものだが、路地に入ると細く深くなっているところもある。子どもがそんな場所に嵌ってしまったのなら周囲も本人もかなりの衝撃だろう。
「領地の屋敷で暮らしていたら、そんな経験は出来ないじゃない。こう言っては何だけれど、少し羨ましくもあるわよね」
「……確かに、別の場所で生まれ育っていたら僕たちももっと根幹から違っていたのかも知れないな」
頷いていたタリカが足を止める。
「あ、着いたわ! ここよ」
建物同士に挟まれた細い道の途中、ドアの横に小さな木切れの看板が提げられているだけの場所だった。
腕の良い母娘がたった二人で経営している、仕立て直しが得意な店らしい。ヴァストとタリカが中に入ると白い猫がか細い鳴き声を上げて出迎えた。
それから、娘の方だろうか、活発そうな女性が奥から顔を覗かせる。
「いらっしゃいませ! 予約してたお直しのお客さんよね? 衣装の方はもう届いてますから、早速採寸しちゃいましょう」
仮面舞踏会のドレスは、ルールドルキルフの屋敷のものを直接仕立て屋に届けてもらったらしい。カレッジの寮では高価な衣装を管理するのは難しいため、当然と言えば当然だ。
向こうの部屋へ通されたタリカを見送って、手持ち無沙汰になったヴァストは、順番待ち用の椅子に漫然と腰掛けた。
猫が傍に近寄って来たので額をくすぐると、すぐに喉を鳴らしながら足元に転がる。
首に巻かれたリボンの鈴がチリチリと音を立てた。
「その制服、カレッジの学生さんだろう? 良いパートナーを見つけたじゃないか」
いつの間にか、大量の反物を抱えた老婆が部屋に入って来ていた。切り売り用の棚に掛けられた季節外れの布の筒を外しては、新しい生地を並べていく。
「恋人かね」
「一応……婚約を」
言葉尻を濁しつつ答える。恋人だと断言出来るような自信はない。
タリカとは、世の中で言うような恋人らしい行動はしたことがなかった。とはいえ、婚約者と恋人はまるっきり同じ意味ではないし、それも自然だったのかも知れない。
「そりゃいいね、お似合いだ」
「僕と彼女は釣り合って見えますか」
老婆の返答に、思わず少し期待を滲ませた声が出てしまう。
「あんなすらっとした子と並んでバランス良く見える男なんてそうそういないさ。誇りなよ」
そう聞いた途端、心地の良い胸のむず痒さと同時に、肩が少し重くなるような気がした。
しかし、その感覚の理由を考える前に、タリカの弾んだ声が飛び込んでくる。
「ねえ、見て!」
仮止めしたらしい黄色のドレスを身に纏い、恐る恐るの小走りで近寄ってきた。何層にも重ねられたスカート部分が、柔らかな花弁のように揺れる。
「どうかしら、似合ってる?」
「…………綺麗だ」
漏れ出した言葉に、咄嗟に口を抑えるヴァスト。タリカはその場でクルクル回ってみせると、愛らしく尋ねた。
「舞踏会の間、あなたの視線は独り占めね?」
魅惑の微笑みを向けられ、その瞳で見つめられると、ごくりと唾を飲み込むことしか出来ない。
遅れて、採寸道具片手に戻ってきた仕立て屋の娘は、手でドレスを指し示しながら少し早口に説明を始める。
「上半身のシルエットは控えめに、下部のボリュームを増やすことにします。こんなに長い足と綺麗なウエストは目一杯引き立てるべきですからね! あと手袋はもっと合う色の生地が在庫にあるので作り直しますね。いやー本当に完璧な肉体美! この仕事を引き受けられるなんて仕立て屋冥利に尽きますよ」
「そ、そうですか……」
力説する女性に気圧される。
こうして、調整した衣装を仕立て屋に預けると、二人は完成を楽しみにして店を去った。
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帰り道、二人であくせく階段を上っていると、タリカがちらっと余所見をしていた。
視線の先には町人の恋人たち。手を絡め、初々しくはにかみながらタリカたちとすれ違う。
タリカは少し思案してから、ヴァストに顔を近付けた。
「ね、ヴァスト」
「何?」
「今日のこれってデートよね」
返事は噎せたような、声にならない声だった。
ヴァストは少し間を置いて、短く答える。
「…………エスコートだ」
「デートじゃないの?」
「ええと……君、フェリシアに毒され過ぎだぞ」
何かを誤魔化すように鷲鼻を軽く擦って、ヴァストは顔を背けた。
更に目を合わせるように覗き込んだタリカは重ねて訊く。
「あたしもあなたと手を繋ぎたいわ」
誰かに見られて噂になったらどうする、と上擦って掠れた声が返ってくる。本当のことなんだから何も問題ないじゃない? と言い返す。
「ぐ……君がしたいなら……するけど……」
「やった!」
喜んで早速手を繋ぐ。きゅ、と握り締めると、優しく優しく握り返される。
秋風に冷えていた指先が温まるのを感じながら、タリカは少しだけ、歩みを遅くした。




