綻び
「それで、とても会議を続けられるような空気ではなくなってしまって解散したんです」
「なるほど、そういうことだったのか」
スフェンが型通りの相槌を打つ。
「とはいえ、噂はあくまで噂、ベリアス王子の継承に影響を及ぼすというようなことはないと思います」
「あくまでベリアスに決定する気なんだな」
「そうですね。アーサー卿も仰っていましたが、何よりやる気があるのが大事なんです。嫌がってる人に無理矢理王冠を被らせても、碌なことになりませんから」
事の顛末を語ったオクセンリーシュは、心底困ったように目を背けた。
「はあ、ひと月後には仮面舞踏会もあるというのに……」
「そうなのか、大変だな」
「何言ってるんですか、あなたも出るんですよ」
きょとんとするスフェン。オクセンリーシュはこれ以上ないくらいの冷ややかな目を向ける。
「引き摺ってでも連れて行きますからね」
「そうか…………」
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王城は階を上がるほど人気が減り、比例して灯りもなくなっていく。
天然光のみに頼る石造りの廊下を、円卓の騎士の二人、小柄なパーヴェルと真面目そうなアーサーが並んで歩いている。
明らかに苛立っている様子のアーサーに、パーヴェルは囁くように話しかけた。
「アズワットに乗せられるなよ。アイツ、多分何か企んでる」
「……分かっている!」
「スフェンは駆け引きでは役に立たない。そうなるとライン領の円卓の騎士で動けるのはロベルト卿とお前だけなんだから」
王城に勤めるライン出身の騎士は少ない。円卓の騎士でも最も人数の少ない系統である。あまり外部に干渉することを好まない性質が、こういう時に裏目に出る。
アーサーが自分に言い聞かせるように語る。
「ライン家が皇帝の裔であるのは、この数年、高位貴族の間では知られていたことだった。それでも今まで誰も言い出さなかったのは、天秤が崩れるからだ」
盟約の三国の一つであるアーシュライエン家が有名無実化している以上、三百年前の皇帝の血筋を繋ぐ家が台頭すれば、エルリンテン家だけではその権威に到底太刀打ち出来ない。エルリンテン家は、皇帝暗殺後の戦乱の中で勝ち上がった一人の騎士から始まる家系だからだ。
そこにライン家から王を出せば、皇帝の復活を唱える者が出てくる可能性がある。分かたれていた三国を統合し、かつての強国を蘇らせようという訳だ。
勿論、そんなことを言い出せば、反発する者は大勢いる。ただでさえアーシュライエンの内乱絡みで綻びが生まれている連合王国は、その軋みに耐えられないだろう。
ライン家を筆頭に、東方諸侯はそれを危惧していた。
東部は古来から魔獣が多い。騎士団もその対策に特化しており、人間との戦争のノウハウはないし、そんなことをしている余裕もない。もしここから三国での争いに発展してしまったとき、ライン勢はかなり苦しい戦いを強いられることになる。
つまるところ、今の時点でライン家の者が王冠を戴く訳にはいかないのである。もっと三国がお互いに馴染んで一体となるか、せめてアーシュライエン家が復興するまでは耐え忍ばなければならない。
ライン家がベリアスの王位継承に好意的であるのも、それが理由だった。
アーサーにとってアズワットの態度は、そんな苦心を舐め腐っているように感じられたのだ。
「それに何より、何よりだ。私はあの少年が如何に優しく、遠慮しがちで、周りのことを考えているお方であるかを知っているのだ。だから、そんな子どもを利用するような真似には虫唾が走る!」
アーサーは血が出るまで拳を握り締める。パーヴェルはその手を抑えてやめさせた。腰のポシェットから清潔な綿布を取り出し、血を拭うよう促す。
「お前の気持ちも分かるよ。俺だって、友達と剣を向け合うようなことはゴメンだ。だから冷静になれ、アーサー。お前は陛下から妖精剣を授けられた誠実と沈着の騎士だろう」
「…………ああ、申し訳ない。ありがとう、我が友よ」
それを聞くと、パーヴェルは少し眉を下げて笑った。それから少し悲しそうな顔をすると、声を一層ひそめて言った。
「陛下はもう数年も保たない。正直な話、来年の冬まで行けるかどうかだ」
医療と薬学を司る『蛇の盃』騎士団に所属するパーヴェルは、内務大臣の次男という立場もあって長年床に伏せる現王の治療に携わっていた。王は体調に回復の兆しがない日が続き、体も起こすのが難しくなっていた。
「勿論俺たちも最善を尽くすが、もし万が一があればその時が正念場になる」
自身の見たい未来のために、誰かの命を奪いかねない議員や貴族もいる。しかし、そんなことは決して許してはいけないのだ。
アーサーが剣の柄にそっと触れる。
「パーヴェル、私たちの使命は民を護ることだ。だが、『騎士の雛鳥の今日』も護りたいと願うのは、果たして強欲だろうか?」
「いいや、アーサー。それでこそ騎士だとも」
そう言ってパーヴェルはそっと目を伏せた。




