陽秋の円卓
「もう終わっちゃいましたよ!!!!」
「すまない」
王城の廊下のど真ん中で、円卓の進行役、男装の麗人オクセンリーシュが叫ぶと、スフェンは淡白に謝罪した。通りがかる人々は一斉に振り向いて、何事だという顔で注視している。
「今日は本当に行くつもりだったんだ、道に迷ってしまっただけで」
「だから迎えを遣りましょうかと言ったのに!」
頭を抱えるオクセンリーシュ。行き交う人々はようやく状況を飲み込んで、彼女はいつも苦労しているなあ、と感心しながら過ぎ去っていく。
「…………はあ、議題は以前お伝えしましたよね、議事録に追記しますから意見があればどうぞ」
「いや、特にない。私は政には詳しくないから、それは得意な奴に任せよう。会議の概略だけ聞かせてくれ」
「いけしゃあしゃあと……」
オクセンリーシュは自分の眉間を指でつねる。いや、彼が本気で申し訳ないと思っているのだろうことは察している。そういうのが顔に出ない男なんだとも理解している。それは充分に分かったから、こいつに早く専属のお守りをつけてくれ。
オクセンリーシュは咳払いをすると、仕方ないので、と前置きをして彼に手招きした。
「ここでは人目もあります。空いている部屋を探して、そこで話すことにしましょう」
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時を少し遡り。
王城の最上階。白鐘の響きが共鳴する円卓の間には、星夏の節とはまた変わった面々が揃っていた。前回の円卓からは、進行役としてオクセンリーシュのみが出席している。
「白鷲の王の命により、ここに陽秋の円卓を開催することを宣言いたします。列席者の皆様はお名前を」
そう彼女が高らかに宣言すると、それぞれが順番に剣を掲げて名乗りを上げる。
最初の一人は、歴戦の勇士といった面構えの筋骨隆々な大男。年は五十手前といったところだろうか。
「第八の剣。『白の盾』騎士団団長、ゴラウス・フベルクデッカーター」
次の騎士は対照的に、小柄で童顔の若者だった。意志の強そうな眉の下、ぱっちりとした目で他の参加者を見据えている。
「第九の剣。『蛇の盃』騎士団副団長、パーヴェル・ボルドヴァル」
それから如何にも騎士然とした真面目そうな男と、豊満な体付きの美女が続く。
「第十の剣。下位一等爵嫡子、アーサー・フェッチ・フォーザー」
「第十一の剣。下位二等爵嫡子、マリオラ・ルールドルキルフ」
最後に長髪の、妖しげな雰囲気を纏った男が剣を挙げる。
「第十二の剣。上位二等爵、アズワット・ツェルン」
その隣はまた一つだけ席が空いている。
オクセンリーシュは空席を苦々しげに一瞬だけ睨むと、唾を飲み込んで声を張り上げた。
「今回の議長は私、第四の剣。上位二等爵が嫡子、オクセンリーシュ・フベルクデッカーターが務めさせて頂きます。尚、第三の剣のスフェン・ヴァヴェルスモーク卿は、…………理由不明で欠席です」
その場にいる全員が、まあそうだろうなという顔をする。ゴラウスはその太い腕を組んで豪快に笑い飛ばした。
「どうせボンヤリしていて城に戻れなくなったのだろう! 後で探しに行ってやらねばなるまいなあ」
「だったら、今度『蛇の盃』の詰め所まで来るよう言っといてくれないか? 鴉退治の負傷者と待機組の入れ替えで相談があるんだ」
「それは本人じゃなくて従騎士のラシェットに伝えた方が良いですよ。彼女はしっかり者ですから」
わいのわいのと盛り上がる騎士たち。上位階の円卓とは違って、どことなく温和な雰囲気が漂う。事実、「曲者」の多い上位とは反対に、下位階の面々は人当たりの良い人物ばかりである。ただ一人を除いては。
そんな中、オクセンリーシュが雑談を遮って、議題の提示を始める。全員が静まり返り、彼女の言葉に耳を傾けた。
「まずは前回と共通の題からです。『王位継承者の選定』、こちらについて何か意見をお持ちの方はいらっしゃいますか?」
まず手を挙げたのはアーサーである。
「僕はベリアスで問題ないと思っている。能力も性格も申し分ない。何より本人が継承に前向きだ」
「そうですね、私も賛成です。ちょっと気が強い子だけれど、周りの意見を聞き入れる余裕も持ち合わせていると思いますよ」
そうマリオラが同意すると、パーヴェルも頷く。この流れで全員が同調していくかと思われたが、しかし、一人の男が挙手をした。
アズワット・ツェルン。何を隠そうこの者こそが、下位円卓唯一の曲者。英雄殺しの血を継ぐ家と三百年蔑まれたツェルン家の当主である。
「私はそうは思いません」
「何故だ? アズワット」
ゴラウスが問いかける。アズワットは少し目を伏せて、淡々と話し出した。
「王子は、現在の議会優位な政治環境を良く思われていないご様子。もし即位なされば王権の強化を進めるでしょう」
「ベリアスが議会を批判するのは、アーシュライエンの内乱への過激過ぎた対応を嘆いてのものだ。北方貴族のお前こそ彼に感謝して賛同するべき立場なのではないのか」
アーサーが真っ向から切り返す。
二十年前、反連合体制派の下級貴族によってアーシュライエンの内乱が発生したとき、議会は反乱勢力の徹底的な排除を決定した。旧冠家への攻撃は、連合王国そのものを揺るがしかねないと判断した為だ。実際、アーシュライエン家は断絶寸前まで追いやられたのだから最初はそれほど行き過ぎた意見でもなかった。
しかし、五年を過ぎてその結末は悲惨の一言に尽きた。戦場は都市部が中心になり、貴族平民問わず多くが命を落とした。反乱に組した騎士は一族ごと粛清され、最後までアーシュライエン家に従っていた者だけが僅かに残った。
そうなると北方貴族たちはかつてのような勢力を到底維持出来ず、没落する者も出た。
領主が不在となった北方の土地は戦功を挙げた者の間で分配されることになったが、領地の遠いライン系貴族や、主家を慮ったアーシュライエン系貴族はそれを辞退した。
エルリンテン系貴族でも有力家系では辞退する者が多く、結局、貪欲な下級貴族たちによって取り分けられてしまったのだ。
当時、議会の構成員の殆どはエルリンテン系下級貴族で、この内乱においては彼らが得をしたことになる。
これらのことから、議会が内乱を裏から手を引いていたのではないか、という噂が長年囁かれ、連合王国内部での小さな亀裂となっているのである。
粛清の内容について、国王は首謀者のみの処刑に留めることを望んでいたが、議会の発言力があまりにも強かった為に何も出来なかったとされている。
ベリアスは独裁者になろうとしているのではなく、議会を窘められるだけの権力を欲しているのだ。
そのことをアーサーは指摘したが、アズワットは更に続ける。
「私はあくまで連合王国のことを考えているのです。それに彼は婚約者を立てていません。恋人はいますが、正式に発表しないというのは本気の関係ではないのでは? それに、古参とはいえボルドヴァル家は家格が些か低過ぎる。王妃に、となると保守派は反発するでしょう」
「貴様、妹とボルドヴァル家を愚弄する気か!?」
パーヴェルが身を乗り出した。それをアーサーが小声で諌め、彼は渋々席に座る。
アズワットはまるで気にしていない、といった様子で締めくくった。
「彼に不安要素が全くない訳ではない、ということです。今でこそ議会の支持は彼にありますが、掌を返さない保証はありません。小さな不満が積み重なれば、それこそ泥沼の内乱を誘発します」
数年前までベリアス一択だった風潮が、他の候補者が成長するにつれて徐々に変わり始めている。それは全員が薄々感じていたことでもあり、アズワットを否定し切れる者はいなかった。
それでは、とマリオラが問う。
「貴方は誰が王に相応しいと?」
「マクシミリアンです」
円卓の空気がひりついた。
兄であるロベルトが否定した以上、彼の王位継承はライン家には支持されないと見ていい。それでもアズワットが明言したからには、何らかの自信があるということだ。
「彼はライン家の出身で血の問題もありません。能力こそベリアスに劣りますが性格は温厚、議会だけと言わず他の有力諸侯とも衝突しないでいられる素質はあるでしょう」
「俺は何度か会ったことがあるが、あれは温厚というより臆病だ。議会の制御なんて出来やしないぞ。城に閉じ込められて議会のお飾りになっておしまい、では流石に可哀想じゃないか」
パーヴェルが反論する。しかし、アズワットは手を広げて笑った。
「お飾りで結構! 王は象徴でいい。今だって政治は全て議会と円卓が動かしているのだから、今更それを変える必要はありません。私はこの国をより滑らかにする歯車が欲しいのです」
「アズワット卿!」
それまで黙って見守っていたオクセンリーシュが制止する。
「彼らは意思のある若者であって、あなたのゲームの駒ではありません。言葉には気をつけるように」
「これは失敬。貴女はカレッジの学院長でしたね、オクセンリーシュ」
アズワットは恭しく頭を下げると、大袈裟に考えているような格好を取る。
「とはいえ、皆様の態度には些か疑問を感じざるを得ない。何故それほど彼を王にしたくないのか──あれ、私また仲間外れにされてます?」
「鎌をかけるのはやめろ、アズワット。どうせお前も理由を知っているはずだ」
ゴラウスがその双眸で睨みつける。それにも怯まず飄々と、アズワットは目を輝かせた。
「いや、何、まさか! 全員あの噂を真に受けているとは思わなかったもので!」
「アズワット!」
アーサーが席を立ち、掴みかかったがもう間に合わない。
「いやはやなるほど、ラインの先つ祖が皇帝であるとは真でしたか!」




