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初恋のフォークロア  作者: 遠梶満雪
初秋の段
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31/49

鏖殺卿

 カレッジの隅、王城側の反対には雑木林があり、その周辺は寂れた訓練場となっている。


 既に授業では使われてはいないため設備もそう良くはなく、朽ちかけのカカシや傾いた的などがちらほら残っている程度である。 


 それでも隠れて自主練習がしたくて、わざわざ足を運ぶ生徒もいなくない。アール・ラステンもその一人だった。


 三編みにした金髪をさらに団子に纏め、邪魔な上着は草の上に畳んで置いておく。使い古した弓を手に取ると、これまたボロボロの矢を二本ばかり持って、少し離れたところの的を狙い始めた。


 パッと手を離すと、矢は的の端を掠めて奥の木に刺さる。もう一回つがえて射ると、今度は的に当たったが、真ん中よりは随分と左にずれた。


 溜息を吐き、わしわしと頭を掻いてから、アールは矢を回収しに行く。

 引き抜こうと力を入れると、矢が嫌な音を立てたので、握り直してそーっと外す。


 今度は少し近い位置からやってみよう。

 もう一回、と深呼吸して矢をつがえ、狙いを定めて放つ。その瞬間、すぐ傍の茂みから人影が姿を現した。


「ウワーーーーッ!?」


 両手で口を抑えてどうにか当たらないことを祈るアール。殺人事件、前科者、退学という単語が頭を占める。


 矢は不幸にも真っ直ぐ人影へ飛んでいく。しかしながら、その人物は何と、それを手で掴んで止めた。


「うん?」


 ベキリ、と軸を片手で圧し折りながら首を傾げていた彼は、矢の飛んできたの方を見てアールを視認すると、合点がいったと言うように頷く。


 アールはわたわたと駆け寄って、深々と頭を下げた。

「す、すんませんでした! 怪我とかねー……ですか!?」


 見るからに地位の高そうな男だった。それが何故茂みから出てくるのかはさっぱり分からないが。彼の家の紋章らしき刺繍の施されたサーコートをつけていて、貴族の出の騎士であることも窺える。

 男は機嫌の読めない表情で静かに答えた。


「問題ない。むしろ謝るのはこちらのほうだ、うっかり矢を壊してしまった。弁償しよう」

「べっ……!? いやいや、平気っす!! まだもう一本あるんで!!」

「そうか? すまないな」


 そう言うと男は軽く会釈をして、王城の方へ去っていった。

 何だったのかよく分からないが、ひとまず問題にはならなかったことに安堵して、アールは残り一本になってしまった矢で練習を再開した。


「あー、クソ」


 風もないのに矢は定まらず、アールは少し唇を噛む。

 これでは足りない。武芸も学問も礼儀も、何だって頑張って身につけなければ、平民出身というディスアドバンテージは埋められない。ただでさえ、ベリアス王子の取り巻き風情というレッテルを貼られているのに────


「やはり弓が悪いな、買い替えた方が良い」

「うわっ」


 立ち去ったと思っていたさっきの騎士が戻ってきていた。横からぬっと顔を出されて、心臓が破れるかと思うほど驚く。彼の橙がかった緑の瞳に見つめられると、恐怖だろうか、胸の奥がぞわぞわとした。


「あの……どっか行ったんじゃ……」

「やたら安いもの、古いものを無理して使うと変な癖がつく。物を大切にすることは良いことだが、いざという時に困るぞ」


 微妙に話が噛み合わない。続く講釈に気圧されてひたすらに頷いていると、騎士は不思議そうな顔をした。


「カレッジで弓の指南は受けていないのか?」

「あー……オレ、いま政治学取ってて、弓と時間被ってるんすよね。訓練場が開いてる夕方はアルバイトしなきゃだし」

「奨学生なのか。初期課程(エレメンタリ)の生徒だとばかり思っていた」


 チビで悪かったな、と内心悪態をつく。

 騎士は、ならば丁度いい、と言うと、アールの肩に手を置いた。


「王城までの道案内を頼めるか」

「迷ってたんすね…………」


──────────────────────


 そうして不思議な騎士を連れてカレッジを横断し王城の敷地まで辿り着くと、慌てて向かってくる人影があった。全身を鎧に包んだ、屈強な壮年の騎士である。


「副団長!! 一体どこをほっつき歩いていたんですか!」

「すまない。買い物に行こうとしたら迷ってしまった」

「だからあれほど外に出るときは従騎士を呼べと!! ……ところで、こちらの少年は?」


 呆れて髭を擦りながら、壮年の騎士はアールを見下ろす。


「彼にここまで案内してもらった。礼をしたいから、私の弓を一つ渡してやってくれ。矢もつけろ」

「……ラシェットが怒りますよ」

「……まあ、構わん。頼んだ」


 そう言うと、不思議な騎士は挨拶のつもりかアールに向かって少し顎を引き、ケープを翻して城へ消えていった。


「迷惑をかけて悪かったな、少年。ちょっと待ってろ」

 アールと共に残された壮年の騎士は、それからすぐに戻ってくると、イチイの弓と何本かの矢を手渡してくれた。厚みのある手でバシバシとアールの背を叩いて、弓を指差す。


「あのスフェン卿から貰った弓だ、友達に自慢しろよ! 人気者になれるぞ」

「スフェンって、あの?」

「そうさ、『王の猟犬』騎士団副団長、ウェールツディット最強の騎士にして円卓第三席、鏖殺卿スフェン・ヴァヴェルスモーク! まあ、あの通りちょっと残念な人だからな、そうは見えないかも知れないが」


 その名はアールも知っている。生ける伝説。英雄譚の主人公。血に飢えた狂戦士しかいないと言われる『王の猟犬』騎士団の中でも、最も強いと目される騎士。

 普段は騎士団と各地を転々として魔獣討伐をしているが、物資の補給ついでに円卓会議に出席すべく王都へ戻ってきていたらしい。


「副団長は戦いに関することなら天才的なんだがなあ、いつも何を考えてるのか俺たちにゃさっぱりさ」

「なんか……大変すね」

「分かってくれるか、少年」

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