↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初恋のフォークロア  作者: 遠梶満雪
初秋の段
PR
29/49

騎士の約束①

 午後の優雅なティータイム。良き心を持つ騎士見習いのジルコンは、カフェテラスでお気に入りの茶葉を楽しんでいるところだった。


 そこへ遠くから熱い視線を送るのは、ジルコンと仮面舞踏会のペアを組みたいと願いつつもなかなか話しかけられない純真な少女たちである。


 そんな彼女たちに彼がウインクをしてみせると、黄色い歓声を上げて散り散りになってしまう。

 しばらくするとまた集まってくるのだが、ジルコンからすればもどかしいことこの上ない。彼はこの至福の時を、誰かと分かち合いたいと思っているだけなのだから。


 彼が憂うような溜息をついて、ひとくち紅茶を味わうと、丁度そこへハリエットがやってくる。


「よい香りですね、ジルコン」

「やあ、君も一緒にどうかな? シャロッターズの一級品なんだが」


 ジルコンが立ち上がって椅子を勧める。

 しかし、ハリエットは小さく横に首を振ると、そっと招待状を取り出した。


「お茶はまた今度に。今日はこれをそろそろお返ししようと思いまして」

「ああ、それか。気持ちは固まったみたいだね」


 それは彼の署名が入った招待状だった。


「まずはあなたに感謝を。私のためを思ってくれて嬉しかった。あなたのお陰で迷いを知り、打ち破ることが出来ました」

「特別なことはしていないよ。悩める淑女に手を差し伸べるのは騎士の義務だ」


 ジルコンは当然のことだといった態度で微笑む。

 それを見て、ハリエットは決心がついたという目で頭を下げた。ジルコンは彼女が今から言おうとしていることを、馬鹿にするような人物では決してないと確信が得られたのだ。


「そしてもう一つ。同じく騎士の精神を抱く者として──私が舞踏会で、主のもとへ参じることを許していただきたいのです」


 ジルコンはハッとした。勿論、彼女はウェールツディットの正式な騎士ではないし、目指してもなることは叶わない。ハリエットの言葉は世迷言に等しい。それでも、ジルコンは、彼女が自分と同じ(・・)なのだと直感した。


 一瞬大きく目を見開いてから、すぐに思い直したように頬を緩めると、胸に手を当て礼を返す。


「喜んで許すよ。君の忠節に敬意を払う」

「ありがとうございます、ジルコン。嘲笑わないでくれて」

「誰も君を嘲笑わないさ。誰だって分かる。君が本物の騎士だってことは」


 そうしてジルコンは返却された招待状を受け取った。ハリエットは静かに一礼すると、その場を立ち去る。


 誘った時とは真逆に、彼女の背中を目で追っていたジルコンは、微温くなった紅茶を呷って頭を掻いた。


「んん、……俺も、少し浮かれていたのかも知れないな。完敗だ」


──────────────────────


「あのさーベリアス、あっちでマクシミリアンと歩いてる奴って誰? 生徒っぽくないけど」

「あれは多分ロベルト卿だな。上の兄君だった筈だが」


 通りがかりにアールが指さしたのは、見知らぬ男とどこかへ行くらしいマクシミリアン。

 ロベルトはマクシミリアンとは正反対の印象を与える、華やかで笑顔に陰りのない優男であった。瞳の深紫こそ同じ色だが、そうと言われなければ兄弟だとは分からない。


「彼はラインの次期当主で円卓の騎士、今は王城詰めで外務大臣の補佐をしている人だ」

「エリートのお手本じゃん、やっべえなライン家」


 そんな風に話をしながら、兄弟を観察する二人。

 いかにも年の離れた弟を可愛がる兄、という振る舞いをしているロベルトだが、一方でマクシミリアンは兄の一挙手一投足にビクビクしている様子である。


「デカい狼に舐め回されて震えてる仔鹿」

「それだ」


 兄弟の割にはあまりにも心の距離が食い違っているらしい。可哀想だから助け舟を出しに行くかと相談していると、その前にハリエットがすっ飛んで来た。


 酷く険しい顔をして。


──────────────────────


「ロベルト様、こちらから王城の方へお伺いしますと申し上げたはずですが?」


 普段より低く、温度のない声でハリエットが尋ねた。両者間にはかなりの身長差があり、自然と見上げ、睨むような形になる。


「折角だから愛しの弟に会いたくてねえ。去年から一度だって屋敷(こっち)にさえ戻らないし、不良になったんじゃないかと心配だったのさ」

「お、王都の屋敷の使用人は兄上個人で雇っている方々ではないですか、滞在すると頼み事一つするにも気が引けるんですよ……」

「気にする必要もない、皆お前のほうが私より素直で可愛くて世話のし甲斐があるのにとぼやいているよ! あはははは」


 わしゃわしゃと栗色の髪の毛を揉まれ眉をひそめるマクシミリアン。振り払うことも出来ず、為すがままにされて身を縮こめている。


「坊ちゃんが嫌がっておられます。離してくださいませ」


 ぐいと間を割って入ったハリエットへ、ロベルトは降参するように両手を上げてみせた。まるで悪びれない、何てことのないような美しい笑顔に、ハリエットは微かな気味悪さを感じる。


「応接室が空いているそうですから、話はそこで」


 ハリエットの促しに応じ、三人はカレッジの事務局へ入っていく。持って来ていた荷物を抱え直したロベルトの意味有りげな顔つきに、ハリエットは片眉を上げてから前を向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。