舞踏会の誘い①
ウェールツディットには、星の暦に従って執り行われる伝統行事が数多くある。その内の一つが、年に一度、秋に王城で開催される『仮面舞踏会』であった。
招待されるのは王城に勤める貴族とカレッジに在籍する生徒。仕事や勉学の息抜きに加えて将来へのコネクション作りの意味もある、双方にとって重要なパーティーだ。
付け加えるとするならば、必ず二人組で参加することを求められるが故に、時期が近づくとそわそわし出す生徒がかなり多いということである。
気になるあの子を誘えるか。
気になるあの子は誰を誘うか。
ライバルでの牽制や駆け引き、人気生徒の後ろに続く大行列は風物詩だ。
「ほら、見て。ジルコンったら去年の三倍は引き連れているわ」
「止まると囲まれるから歩きっぱなしなんだね。大変そ〜」
麗しきタリカと跳ね髪のフェリシアが眺めている先には、軍の突撃と見まごうような大人数を連れ歩く、ジルコン・フベルクデッカーターがいた。
「前は誰と行ったんだっけ」
「ルシーネよ。元々の相手だったお兄さんが直前になって骨折して行けなくなってしまったから」
当時ジルコンには既に多くの誘いがあり、あまりの数に決めかねていたところ、楽しみにしていたのにと肩を落とす彼女を見かねて声をかけたらしい。それまで二人は話したこともなかったというから驚きである。
遠くからジルコンに手を振られ、それに小さく振り返しながら、ハリエットはタリカに尋ねた。
「二人組の相手は誰でもよいのですか?」
「そうね。恋人や婚約者じゃなくても友達とか家族とか、王城かカレッジに籍があればいいの。舞踏会っていうくらいだから男女がなるべく良いけれど、踊らないなら同性でも平気よ」
「今年だと、西花・兎とハーリ・カファル・アルシヤーウがそのクチだね。留学生同士気が合うのかな」
そう言えば、とフェリシアが言う。
「ハリエットはもう誰と行くのか決まった?」
「いえ、まだですが……お二人は?」
するとフェリシアはニヤリと笑って、ポケットから小さな紙を取り出した。そこには達筆な字で綴られた署名と、紋章らしき印が押されている。鷲の背後に槍と杖の斜め十字の図柄は、エルリンテン=ウェールツディット家の紋章である。
「勿論、ボクはベリアスと行くからね!」
「あたしもヴァストにチケットを貰ったわ」
参加する二人組が成立した際、お互いに自分の署名と、貴族なら家の紋章を捺した招待状を交換する。こうすることで、簡易的な儀礼としての契約を交わすのである。
「相手が決まっても、どの曲を踊るか、とか、どんな衣装で合わせるか、とか、考えることが他にもいっぱい! ああ、すっごく楽しみ!」
「フェリシアは今年が初めての仮面舞踏会だものね。ベリアスと一緒に並んだら、きっととても華やかな画になるわ」
そう言うタリカこそ背の高いヴァストと組めば、すらっと長い脚がよく釣り合って、歌劇の一幕にさえ見えるだろう。それを見るのもまた楽しみのひとつだな、と思うハリエットに、フェリシアが釘を刺す。
「とにかく、まだ決まってないならお誘いが来ても慎重に考えるんだよ? 仮面舞踏会の間は、相手から目を離しちゃいけないんだから」
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「そう言えば、どうして目を離してはいけないなんて言われてるんだろう」
寮の談話室、いつもの四人で茶を嗜んでいると、マクシミリアンがふと呟いた。男子寮でも話題は舞踏会一色、あちらこちらから聞こえてくる会話にひっそりと耳を傾けていたのである。
きょとんとした顔でアールが答える。
「そりゃ、悪い妖精たちに攫われるから……じゃねぇの」
「何それ」
ピンときていない様子のマクシミリアンに、ベリアスが首を傾げた。
「冬が近づくと、悪い妖精が人の魂で暖を取ろうと拐かす……なんて伝承があるだろう。だから特に誰が誰だか分からない時は目を離すなと」
「うーん、聞いたことがない」
どうやら、東部ではあまり知られていない話のようである。内乱以降に混交の進んだアーシュライエン、エルリンテンとは違い、両方と山脈で分断されているラインは、連合王国内でも未だ強い独自性を保っている。
「あ、こっちだと秋には死神が訪ねて来るから戸口に剣を立てておけって言われるんだけど、もしかしてそういう感じかな」
「死神を出会い頭に叩き斬るつもりなのか?」
恐らく、妖精の人攫いの話が商人伝手に捻じ曲がって伝わった結果なのだろう。元々は北方の沿岸地域で語られていた伝承なのだとヴァストが言った。
「まあ、仮面舞踏会に限って言えば、伝承は単なるこじつけで、広い会場ではぐれると大変だからって理由もありそうだけどね」
「過去には王位継承候補や円卓の騎士の暗殺事件もあったらしいからな……隙を作らないという点ではうってつけなのかも知れん」
腕を組んで、そう唸るベリアス。アールは細い腕を上に伸ばしてから、ソファの背もたれに倒れ込んだ。
「そーいや、今年の仮面舞踏会って面子すげーんだろ? クソ、オレも行きたかったなあ。絶対就職に有利なのに」
仮面舞踏会は深夜まで続くため、参加できるのは十六歳からと規定されている。アールはまだ年齢が足りず、四人の中で一人だけ、留守番することになってしまったのである。
立身出世に熱心な彼はこの機会を逃さねばならないことに歯噛みしていた。
「そうだね。円卓の騎士はほぼ全員出席を表明しているし、中央の有力諸侯も揃い踏みになる。皆きっと、マクシミリアン見たさなんじゃないかな」
「僕まだ出るって言ってないのに……」
勿論、マクシミリアン以外にも、東方の皇子たる西花や内務大臣の娘であるフェリシアとの面識を得たい貴族も来るだろうし、彼ら目当てに来た有力貴族との接点を狙う人々もいる。
今年の仮面舞踏会は、例年以上の盛り上がりが期待されているのだ。
「まさか旧冠の子息が舞踏会に出ないなんて誰も思わないぞ、社交も貴族の義務だ」
「それはそうなんだけど……」
マクシミリアンは瞼を閉じて、机の引き出しに仕舞ってしまった招待状を想う。
署名をして、ライン家の紋章である、地平線と天馬の印章を捺すところまではやったのだ。ただ、それっきり勇気がなくて触れられなくなっただけで。
「まあ、誰を誘うにしても早めにな。衣装だって一朝一夕で仕立てられるものではないんだから」
母親が言い聞かせるかのように忠告するベリアスの言葉に、マクシミリアンは眉をひそめ、黙り込んで茶を飲んだ。
兎にも角にも舞踏会というものが、彼にとっては気が重いことこの上なかったのである。




