ラインの思い出
夏の長期休暇も近付いてきた頃。
ウェールツディットの王子ベリアスが通りがかったのは、マクシミリアンとハリエットが揃って馬房の前で首を傾げているところであった。
「二人揃って何をしているんだ……」
「あ、ベリアス」
目立つ金の長髪に気がついたマクシミリアンは、困ったようにこちらを向いた。
「実は……手違いで放牧中の騎士団の馬とカレッジ所有の馬が混じっちゃったらしいんだ。それで、何とか見分けてくれないかって言われたんだけど…………」
「ふ、不可能過ぎる」
どう考えても学生、それも公子に頼むことではない。
そんなベリアスの心の声が聞こえたのか、ハリエットが訂正してくる。
「マクシミリアンは自主的にカレッジの馬の世話をしているそうなので、見知った馬を選り分ければ良いのでは、ということらしいです」
「言うのは簡単だがなあ……」
現在馬房に馬は五頭。この中にカレッジの馬が二頭いる。これでも大分選り分けた後らしい。残っているのは皆、本当にそっくりな青毛である。
「姿絵の一覧を貸してもらったから、流星とか目立つ特徴がある奴は確実に区別出来た。だから後は……」
「後は?」
「顔つき……太り具合……気性……かな」
真剣な眼差しでそれぞれを見て回るマクシミリアン。頭絡を見ようとしては嫌がられている。どの馬も同じくらいには温厚なようで、全く手がかりにならなかった。
「名前を呼んでみよう」
「馬が返事するか?」
「かなり賢いんですよ、彼らは」
カレッジ所有の二頭、カルワールとナスィアの名を呼んでみる。四頭が振り向いた。
「何でだ……」
「響きが似てる名前なのか、単に呼びかけだと思ったかですね……」
一番端の馬と見つめ合いながら、マクシミリアンが尋ねる。
「君ちょっとカルワールっぽくない? 鼻の辺りとか……カルワール?」
馬は首を下げるともそもそと飼葉を食んだ。
「違うかもしれない…………」
「惑わされないでくださいマクシミリアン!!」
微動だにしない圧に負けかけるマクシミリアン。
「そもそもカルワールもナスィアもよく似た兄弟馬なんだ。騎士団勤めの経験がないから、のんびりした性格もそっくりだったし、どっちも僕の言うことあんまり聞かなかったし……」
世話の甲斐が報われていないような台詞の割には、マクシミリアンは楽しげな顔をしていた。それを聞いて、ハリエットが思いついたように声をあげる。
「そうですよ、仮にも騎士団の馬が本気でのんびり屋な訳がないじゃないですか! きっと何か、スイッチになるものがあるはずです」
「なるほど、ちょっと騎士団の人に聞いてみよう」
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そうして戻ってきたマクシミリアンの手に握られていたのは。
「それは……笛か?」
「これは魔獣討伐のときに使う、連携指示用の鳥笛なんだって。これを……」
ピッと短く笛を鳴らす。作戦開始を示す音だ。
すると──────
三頭の馬が一斉に、鼻息荒く目つきを変えた。
それ以上は決して騒がず、ただ耳をそばだてて敵の位置を探ろうとしている。
残りの二頭は訳が分からないといった様子で変わらず藁を食もうとしたり水桶に顔を突っ込んだりしていた。
「…………分かりましたね……」
「うん……」
ここまで明確に放たれる戦意を前に全員が気圧され、冷や汗をかく。
それから、馬の世話係の従騎士に何度も何度も礼を言われながら馬を返すと、マクシミリアン、ハリエット、ベリアスの三人は貰ったお駄賃でカフェテラスに来ていた。
一息つくと、ベリアスは気になっていたことを尋ねる。
「世話をしていると言っていたが、そんなに馬が好きなのか? 確かに騎士にはそういう技術も大切だが」
「ううん、ただ動物全般が好きなんだ、魔獣も含めてね。ライン領は馬産が盛んだから、その分知ってるってだけ」
ライン家が直接所有する牧場が屋敷のすぐ近くにあって、小さい頃はよく遊びに行っていたのだという。
「きっとベリアスは軍用の大きな馬しか見たことないだろ? 牧場にはもっと小さいのとか凄く脚が速いのとかがいて、砂漠の向こうからも輸入したりして」
「早馬用の品種はみんな気難しいんです。私もマクシミリアンもよく追いかけられました」
そう思い出を語る二人は、本当に仲の良い同郷の友といった様子で、ベリアスは不思議な感覚を覚える。
「じゃあこの休みに領地へ帰ったときは、また行ってみたらどうだ。新鮮なこともあるだろう」
すると、まずハリエットが気まずそうな顔をした。それからマクシミリアンは少し表情を曇らせて、躊躇いながら答えた。
「いや……領地には帰らないよ」
「何か理由が?」
「多分、兄さんが帰ってくるから……」
「複雑な家庭の事情を感じる」
思わず真顔になってしまうベリアス。
ぱっと顔色を切り替えたマクシミリアンは、両手でわたわたと弁明する。
「兄さん自体に問題がある訳じゃないよ、可愛がってくれるしね。でも、単に僕が…………に、苦手で…………」
「より問題が根深そうに聞こえるんだが……」
マクシミリアンには年の離れた兄が二人いることはベリアスも知っている。彼らは双子で、一人がロベルト、もう一人はオースティンという名前だったはずだ。
帰ってくる、という表現をするからには、恐らく家を離れて王城に勤めているロベルトの方を指しているのだろうが、何があって彼はこんなにも実の兄を恐れているのだろうか。
「だから夏季休暇は僕もハリエットも寮に残って、色々勉強したり王都を観光したりすることにしようと思ってるんだ。西花たちも帰らないみたいだし」
留学生たちも、故郷までの距離によっては休暇中に行き来が出来ないことが多く、カレッジに残る者も出る。マクシミリアンはもう彼らと色々予定を立て始めているようだ。
ベリアスとしては何だか羨ましくなってしまう。
「それずるいな、私も混ぜろ」
「あはは、いいね、みんなびっくりすると思う」
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彼らの夏は彼らだけのもの。
若人たちが夏を満喫していても、大人たちはまだまだ働くウェールツディット。
さあ、時間を少し飛ばして、夏の最後の円卓を覗いてみよう。




