御伽話の子どもたち①
マクシミリアンが吹っ飛んだ。
たまたま通りがかった友人アールの脳は、その状況を理解するまでにとてつもない時間を要する。
ここはカレッジにいくつかある、人目につかない空き地の一つだ。以前、マクシミリアンが雑草を集めたり昼寝したりする為に入り浸っていると言っていた場所だった。
狼狽えているのはハリエット。風邪はすっかり癒えて元気になったようだ。そんな彼女が模擬剣を片手に謝り倒している。そこから導き出される事実は、マクシミリアンはハリエットと打ち合って弾き飛ばされたということなのだが、果たして、そんなことはあり得るのだろうか。
(何やってんだあいつら…………)
考えるのが面倒臭くなったアールは先を急いでいたこともあり、黙ってその場を立ち去ることにした。
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「え、あれ、見られてた?」
「申し訳ありません、本当に申し訳ありません……」
放課後になって丁度二人と合流できたので、ふと訊いてみた。
ちょっと動揺した顔のマクシミリアンと、心底恥ずかしそうに謝罪を繰り返すハリエット。
「私が無理を言ったものですから……」
「無理って、剣の相手をか?」
「実は、折角のこの機会、カレッジで正規軍の剣を学びたいと思っていたので…………」
カレッジでは、将来ウェールツディットに仕えることを前提にした教育が行われており、剣、槍、騎乗などの武芸一般も科目が整備されている。しかし、これらは基本的には男子を対象にしており、ハリエットは剣術の履修希望を出したものの断られてしまったらしい。
「そりゃそうだ、あれ着替えとか平気で外でやってんだぜ……」
「ええ、断られたこと自体に不満はないのです。私の確認不足でもありますし」
それでしばらくは我慢して一人で練習を繰り返していたのだが、基礎だけではどうしても満足がゆかず、仕方なくマクシミリアンに手合わせを頼んだ。
とはいえマクシミリアン自身、剣はそう上手い訳でなし、成績的には中の上くらいである。
その結果が、マクシミリアンの完敗という訳だ。
「昔からハリエットは強かったけど、もう僕じゃあ手も足も出ない……」
「怖い…………」
どうにか実技授業を受けられるように出来ないかなあ、とぼやくマクシミリアンに、アールが提案する。
「今の時間ならまだ運動場で自主練してるヤツがいんじゃねーの、見学くらいなら女子がしててもおかしくねえし、行ってみたら? 見てるだけでも動きは結構分かるもんだぜ」
熱心な生徒は放課後も残って技の研鑽に努めている。そういった騎士らしい精神を持つ男子は憧れの対象であり、女子生徒が応援しに集まっていることは珍しくない。
「確かにそうかも。どう? ハリエット」
「良い提案です、是非そうしましょう」
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「あれがラグライアン、あっちがトワロで、向こうにいるのは西花かな。いいやつだよ」
「彼は独特な体幹ですね。出来るなら一度お手合わせ願いたいものです」
「さっきから二言目にはそれだな」
柵の隙間から顔を出し、運動場の景色に嘆息するハリエット。柵の上によじ登って彼女を見下ろしているアールは、呆れたような笑みを浮かべる。
そこへ、鹿毛の馬に乗った生徒が近づいて声をかけてくる。気がついて振り返ったマクシミリアンがその名を呼んだ。
「マクシミリアン、来てたのか! それにアールも。おや、隣の彼女は噂の編入生?」
「ジルコン」
いかにも好青年といった様子の、爽やかな生徒だ。彼はジルコン・フベルクデッカーター、王国騎士団『白の盾』団長の一人息子にして王子ベリアスの従兄弟であるとマクシミリアンが紹介した。
「化け猫退治のフベルクデッカーター! そのご子息ですか、おとぎ話みたいです」
「ありがとう、君のような素敵なレディにも勇名が知られていると聞いたら、父もとても喜ぶだろう」
村を荒らして回る魔猫ワズルダズルを退治した英雄、その息子。
口を開けば絵本の騎士のようなことを言うので、思わずはにかんでしまうハリエット。対照的にマクシミリアンの微笑みが強張る。
そんなマクシミリアンの頬に、馬が顔を擦り付けてベロベロ舐めてくる。その感触に毒気を抜かれ、強張りが解けた。
ジルコンが乗っているのは、騎士団を引退してカレッジで生徒の指導に協力している、ベテランの元軍馬だ。穏やかで賢い馬が多く、まだ精神面技術面共に危うい若人たちを気遣い見守ってくれる。
「おや、モテモテだな! まあ何せ、君を見かけると馬たちはみんな寄っていってしまうからね」
「コイツを囲むのは猫も鳥も。覇気がねーのよ、覇気が」
「覇気…………」
外で昼寝すると必ず小動物に集られているマクシミリアンを見かける度に、内心(こいつ本当に人間なんかな)と思っているアールなのだった。
「さっきも言ったことだが──本当に珍しいな、マクシミリアン。君は武には興味がないのかと思ってた」
「いや、無い訳じゃないんだけど………」
「あ、もしかして彼女にカレッジの紹介を? 運動場のほうなら俺が奥まで案内しようか」
「ぼ、僕でも出来るから……」
いつものように口籠ってしまうマクシミリアンを横目に見て、アールは素知らぬ顔で、誰にともなくこう言った。
「そうだ、ジルコンならハリエットに剣を教えてやれんじゃん」
それを聞いたマクシミリアンの顔には、汗が王都の水路のように流れている。




