初夏の断片、美女と幽霊
ウェールツディットで一番美しい者は誰か。
ここ数年の間、その答えが変わったことはない。
最も美しい男は、円卓の騎士ロベルト・ライン。
最も美しい女は、下位二等爵令嬢タリカ・ルールドルキルフ。
その美貌に加えて立ち居振る舞いまでも完璧とあらば、両者ともに幼い頃から国内外問わず縁談が舞い込むのは必定だった。また同時に、『結婚相手に誰を選ぶか』も注目されていたのである。
故に、当然。
タリカが幽霊公子ヴァスト・シュリーマンフェンスと婚約発表をしたことは、当時かなりの驚きを以て迎えられた。
彼の何が彼女をそれほど惹きつけたのか、誰も知らなかったのである。
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顔立ちも衣服も、自分で掴んだものじゃない。
そんなもので皆に好かれても、ちっとも気分は良くならない。
見た目だけなんて言われたくない。
だから一生懸命努力した。
あたし、誰よりも綺麗に文字が書けるの。
あたし、鳥よりも綺麗に歌が歌えるの。
あたし、何時間だって踊っていられるの。
詩だって書ける。楽器だって弾ける。
お裁縫もお料理も、自分のことは自分で出来る。
全部最初は下手っぴだったけど、いっぱい練習したから上手くなったよ。だから皆、褒めてくれるよね。
なのに、ねえ、どうして、全部「見た目」のおまけなの?
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「ヴァスト、あなたって全然あたしのこと綺麗だって言ってくれないのね」
タリカがそう言ったのは、二人がまだ十二かそこらの歳の時、シュリーマンフェンス家の庭園を案内してもらいながらのことだった。
とても小さな頃にお見合いした人と、一年に一度か二度ほどのペースでまた遊びに行く、というのがタリカの週末の過ごし方。それで気が合わないと思えば縁談をお断りして、問題なければ次の約束をする。ウェールツディットではよく取られる手法である。
ヴァストもそのうちの一人で、今日でもう十回は顔を合わせていた。
「綺麗なんて、もう飽きるほど言われてるかなって…………でも、気を悪くしたならごめん」
「いいの。だって代わりに、歌とか手紙とか褒めてくれるじゃない」
他の貴族たちは会えば一言目には「本日も実に麗しい」「この国で一番綺麗なお方だ」と外見を褒めそやす。聞き飽きていたのも本当だった。
だから、自分の聞きたかった言葉をくれるヴァストは、タリカにとってはどんな王子様よりも魅力的に思えた。たとえ彼が路地裏の物乞いだったとしても、愛してしまうような気がするくらいには。
「自分で頑張ってることを褒められるほうが嬉しいんじゃないかと思ったんだ。……それに、他のみんなとまるっきり同じことを言っていてもきっと君の興味は引けないもの」
「まあ、情熱的」
口元に手を当て鈴のように笑うと、彼は少し気恥ずかしげに顔を背けた。それがまた一層可愛らしく思えてタリカは嬉しくなった。
「ど、どんなに可愛くっても教養がなかったりお行儀が悪かったら一緒にいても楽しくないからね!」
照れ隠しのように少し早口で言うヴァストに、タリカが柔らかく頷くと、彼は心配そうな顔で訊いた。
「………………ねえ、もし僕らが婚約しなかったとしても、友達のままでいられるかな?」
その時ふわりと風が吹いて、タリカは流される髪の毛を軽く抑える。甘く爽やかな花の匂いが鼻をくすぐって、彼女は笑った。
「勿論よ! あたし、あなたのことが大好きだもの」
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あたし、知っているわ。あなたがずっと何かに飢えてること。何を言って慰めたって、膿んだ傷口は塞がらないのも分かってる。
でも、あなたの欲しいものがあたしには分からない。
本当にあたしって醜い女。
あなたに何もしてあげられないことを分かっていながら、自分が欲しいもののためにあなたに縋ってしまうのよ。
我儘ね。自己中心的ね。強欲ね。
それでも、好きよ。ヴァスト。
あなたに救われたのは本当だもの。
あなたはあたしの一番。
じゃあ、どんな努力をしたら、あたしはあなたの一番になれるかしら?




