今日も薄暗がりの中で②
「……ハリエットが、いなくなるのが嫌なんだ…………その、なんていうか、ずっと傍にいて欲しくて、いや、傍じゃないな、ええと…………会おうと思えばすぐに会える……くらいの」
「うん」
「ずっと気づかないフリをしてたけど、でも、やっぱり………………好きなんだ。ハリエットのことが、すごく好き。だから…………縛りつけるようなことは、したくなくて」
四年ほど前にお互いの事情で離れ離れになって、文通しか出来なかった間は我慢出来た。子供心に抱いた小さな恋は、誰にも気づかれることなく、自分自身すら誤魔化し続けることが出来た。
だが、再会してからは変わってしまった。
マクシミリアンはもう単純な子どものままではいられなかった。彼女と目を合わせる度、独占欲じみた恋情が溢れてくる。一方で、彼女に向ける信仰心に似た愛情が、ハリエットを自由なままにすることを望む。
矛盾した欲求が渦巻いて、するとマクシミリアンの思考は出口が見つからなくなって、立ち竦んで動けなくなってしまう。
「今日、ハリエットが僕の手を握ってきて──多分無意識なんだろうけどさ──すごく温かくて、何もかも融かされてしまいそうで。黙っているのが辛くなるんだよ。でも何を言いたいのかさえ分からない」
気持ち悪くなってしまって、トイレで何度も吐いた。茫然自失の状態で部屋に戻り、それからずっとうずくまっていた。
「ハリエットの望みは何だって叶えてあげたい。でも、そうしたら、きっと僕はずっと苦しいままなんだ」
それを受け入れられるほど、自分が強くないことを知っている。けれど、その弱さと欲に負けてしまう子どもみたいな自分が格好悪くて許せない。マクシミリアンは嗚咽混じりに吐露する。
ヴァストは、ただ、耳を傾けることしか出来なかった。
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(…………本当に僕って醜い奴だな)
ひとしきり話し終えて、ベッドに潜り込んだ後。ヴァストは目を閉じたまま、そう思った。
本来ヴァストにとって、マクシミリアンは実に鬱陶しい存在である。
同じ一等爵の格といえども、盟約の三王国の王家である『旧冠』のライン家と、単なるエルリンテン系貴族の下位一等爵シュリーマンフェンス家では勝負にもならないほどの差がある。
ただでさえ劣等感の多いヴァストの、唯一縋れる部分を打ち消す存在。そんな男が同室で、しかも年下なので面倒を見てやらねばならない。
マクシミリアンが入学してきた頃は、本当に気が狂うかと思った。
落ち着いた高貴さのある容貌は、ヴァストのように周りの目を気にする経験を彼にさせたことはないはずだ。身分を鼻にかけない謙虚さは、家名にしか縋れないヴァストとは対照的に映った。
自分に無いものばかり持っている相手。
友人として一緒に過ごす中で、学業や剣技で上回っていることを確かめて、どうにか心を鎮める毎日。それすらも、二つも年下なんだから当然だという悪魔の囁きで簡単にざわつく。
遠巻きにすることが出来れば、違う世界の人間として心穏やかに見れていただろう。
それかいっそ、まるで中央貴族のように、コイツを将来どうやって利用してやろうかと考えられれば気も楽だっただろう。
だが、そうはならなかった。
マクシミリアンはヴァストに懐いていた。彼が自分にどれほどの嫉妬心を抱いているかも知らないで。
そもそも、ヴァストがこれほどまでに自身の立ち位置に拘るタイプであることを、恐らくは誰も分かっていない。
タリカもベリアスもアールも、果ては両親や妹たちまでも、ヴァストが内心で他人を格下だと確かめ見下すことで満たされなければならないほど、彼の自尊心が限界であることに気づいていない。
自分の醜悪さを完璧に隠しきっているからこそ、彼は壊れるまで永遠に救われない。
そんなヴァストをとことん堕落させるのがマクシミリアンだった。
マクシミリアンがこうして憂鬱に沈んで苦しんでいると、心がすっと軽くなる。一見、悩める子羊の声に耳を傾ける善人だが、実際は嘆きを聞いて喜ぶ悪性根。
なんと騎士らしくなく、邪悪なことだろう。
それが自覚出来る程度には、ヴァストはまだ正気だった。だから、まだまだ自分の汚い部分は隠していることが出来る。
美しい初恋の相手に、決して悟られぬよう。
醜い姿を、覆い隠している。




