貴人の友情③
「魚醤が売ってなくて代わりに魚を買ったけど大丈夫かな」
「煮て絞れば良いだろう、多分」
「……ツォ産の穀物なんかある訳ないから普通に麦にしちゃったけど大丈夫かな」
「それよりも私は野草選びを全部お前に任せたことのほうが心配なんだが、本当に食べても大丈夫なやつだろうな」
「…………」
「目を逸らすな!!」
何だかんだで、かなり下のほうまで来てしまった。ここから最上部のカレッジへ戻るのは一苦労だろう。ベリアスはにじむ汗を袖で拭き、マクシミリアンに一休みすることを提案した。
「休憩だ休憩、この近くにフェリシアと行ったことがある良い店がある」
「なんでそうナチュラルに惚気けられる訳?」
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そうして、マクシミリアンとベリアスは、ハリエットたちがお茶をしていた店にやってきた。しかし、折角三人で話をしていたであろうところを邪魔するのも悪い気がするし、あまりもたもたしていて食材が傷むのも怖い。
二人は後ろ髪引かれる思いをしながらも、お茶一杯で立ち去ることにしたのだ。
店を出た後、ベリアスが説教じみた口調で詰める。
「マクシミリアン、お前最初以外ずっと黙りこくっていたな? 知らない親戚の屋敷に連れて行かれた幼児か?」
「何を話したらいいか分からなかったから……」
「それで社交界とかどうするつもりなんだ……?」
旧冠の子息ともなれば、既に親に連れられて参加していてもおかしくはないのだが、どうしてきたのだろうと純粋に疑問に思う。
こういう話題になるとマクシミリアンは決まって、顔に出るか出ないかギリギリくらいで嫌そうな顔をする。ベリアスですら、最近分かるようになってきたことだから、ほとんどの人間は気付いていないだろう。
その表情を見ると、いつも、どうしてもそれ以上のことは訊けないのだった。それでも、今日だけは、もっと深く知りたいとベリアスは思ったのだ。
「お前、彼女のことは好きにはなれない、とヴァストに言ったらしいな」
「…………言った」
「それは、断られるのを恐れているからか?」
マクシミリアンが足を止める。言葉を選ぶのに少しの時間を要して、彼はゆっくり口を開いた。
「違う。ただ、僕は、臆病で強欲なだけ」
「強欲?」
「彼女は騎士なんだ。身分がとかじゃなくて、心が本物の騎士」
彼女はいつからか、マクシミリアンの騎士たることを望んでいた。最初からではなかった。しかし、いつそうなったのかは分からない。
その願いを聞き届けるなら、マクシミリアンとハリエットの関係には『主従』という名前がつく。だから、マクシミリアンは彼女を、恋愛的に好きになってはならない。
「だって、もし僕が彼女に想いを告げたとして、きっと彼女は僕の望むままに振る舞うんだ」
伴侶になってくれ、と望めばその通り、ハリエットは良き妻になるであろう。だが、それでは、マクシミリアンは一生彼女の想いを疑い続けることになる。
何故ならマクシミリアンは貴族で、ハリエットはその臣下だからだ。
『君を愛してる』と言ったとき、返ってくる『私もあなたを愛してる』は、本当に彼女の本心かどうか分からない。彼に仕える者としての精神が、裏切らない答えを示しただけなのではないかという疑念が死ぬまで付き纏うことになる。
「僕は彼女の望みを尊重したいから、彼女に告白なんかしないし、一生片想いでもいたくないから、彼女を好きにはならない、そういうことにしてるんだ」
一見矛盾しているように見える、マクシミリアンの言っていることは、ヴァストには理解出来てもベリアスには全く理解出来ない。
ヴァストと婚約したタリカの家は、ヴァストに比べれば数段劣る家系である。ヴァストは既に、『自分は家柄で相手を縛っているだけで、本来は彼女と添うべき相手ではないのではないか』という疑心暗鬼に駆られつつある。
一方で、ベリアスはフェリシアと、お互いに好きだという自覚が共有出来ている。よしんば今後仲が冷めるようなことがあったとしても、今が嘘偽りであることにはならない。
置かれた状況が、決定的に価値観を違えさせていた。
「でもやっぱりまだ諦めきれなくてさ、『恋愛』でも『主従』でもない『友達』なんだ、今だけはね」
「……………………」
「ベリアス、僕って結構、歪んでるんだぜ」
強張ったような困ったような、不自然な笑顔で、マクシミリアンはベリアスを見た。




