貴人の友情①
「マクシミリアン、ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょう。ミセス・テイワーズ」
ある放課後、カレッジの廊下を歩いているところを呼び止められる。ミセス・テイワーズはカレッジの講師で、留学生向けにウェールツディット文化の講座を開いている。勿論、王国出身の生徒も受けられる、かなり人気のある講義だ。
「あなた確か、西花・兎と仲が良かったわね」
「ええ」
「彼、風邪で寝込んでるそうなの。同室のハーリもね。二人にプリントを届けていただけないかしら」
分かりました、と快諾すると、封筒に入った書類を手渡される。
横で見ていたアールが三編みを揺らして背伸びをし、覗き込んできた。
「西花と仲良いの? アイツすげえ『俺様が』って感じじゃん。ぜってー性格合わないと思ってたんだけど」
「あー、あれで結構、趣味が合うんだ。あと絵が上手いの」
「マジ?」
優れた教育機関であることを目指すカレッジは、外国からも生徒を受け入れている。ゆくゆくはその母国との友好的な外交関係を築く橋渡しになることを期待してのものだ。
先に名前の挙がった西花とハーリもそういった外国からの生徒で、ツォ国の第三五番皇子と、マルムドゥ帝国の推薦国費留学生であった。
ツォ国は王国東部ライン領より更に遥かに東、黄金砂漠を越えたところにある。各種資源に恵まれ、港湾化に向いた海岸を広く領有するため、海上貿易国家として発展した。海と砂漠で孤立していた立地から、独特の文化を育んでいる。
マルムドゥ帝国はウェールツディットの南東に位置する国で、強い陽射しと平坦な地形が特徴である。西方、東方のどちらとも陸路で交易が行えるという地理上の特性から、中継貿易による繁栄が古代から続いた。
「なんかこのくらいの時期になると留学生ってみんな寝込むよなー」
「土地が変わると風邪も重くなる……らしいね。僕も去年こじらせたな」
そんなことを話しながら歩いていると、ベリアスとヴァストが合流してくる。長身のヴァストが背を丸めて、マクシミリアンの手元を覗き込んでくる。
「その封筒どうしたの?」
「おつかいをちょっとね。西花たちの部屋ってどこだっけ」
「風邪を引いているんだったか? それなら見舞いも兼ねて私が案内してやろう」
ベリアスは初等課程からカレッジに通っているため、複雑な構造になっている構内についても詳しい。
四人とも、西花かハーリの少なくともどちらかとは交流がある。寝込んでいるというならお見舞いに行ったほうがいいか、ということになり、彼らの放課後の予定が決定したのである。
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ベリアスに連れられ、部屋を訪ねたところ、二人とも屍のようにベッドに倒れ臥していた。ハーリは目覚めているが、西花はまだ眠っているようだ。
「プリント届けに来たぞーって……大丈夫……か……?」
「うーん……? お、アール、お見舞いに来てくれたんかぁ、ありがとな〜」
熱でぼんやりしているのか、いつも以上にのんびりした口調で出迎えるハーリ。他にも数人来ていることに気がついたらしく、間を置いて跳ね起きた。
「べ、ベリアス王子にラインの公子!? それにヴァストも! もー来たらあかんてこんな病人のとこォ!!」
「起きんな寝てろ! こいつらバカだから風邪なんか引かねーよ! あ、水とか果物とか持ってきたけど食えるか?」
「ええ………?? ああ、でも、助かるわあ」
いそいそと果物と封筒を受け取るハーリ。早速みずみずしい果実に齧りついた。ベリアスが水を注ぎながら尋ねる。
「医務室には行かなかったのか?」
「初等課程のおちびちゃん達の間でも流行り病がえらい凄いらしくてなあ、医務室のベッドが空いてないんやって」
「うわー、それは大変だったね……」
そう言いつつもヴァストがふと振り返ると、寝ている西花のベッドの横で、彼をじっと見つめ続けているマクシミリアンがいた。体育座りで微動だにせず視線を注いでいるので、ちょっとしたホラーである。
「何してるの?」
「いや……いつ起きてくれるかなぁと思って……」
その声が耳に届いたのか、西花が唸って目を覚ます。そしてすぐさま、真横で誰かが自分のことを見つめているという恐怖体験に気づき、咄嗟に恐ろしく素早い拳を繰り出した。残像も見えない拳打が、マクシミリアンの顎に華麗に決まる。
「痴れ者!?!?」
「痛っ!!!!!」
ツォ皇家に伝わる護身術のひとつ『寝台横之不埒者滅殺拳』である。衝撃で後ろに倒れたマクシミリアンは、顎をさすりながら起き上がる。
「プリント届けに来ただけなのに」
「届けに来ただけなら相応の行動をしろ」
身体を起こして封筒を取る西花。ヴァストに果物も差し出されると喜んで食べた。ハーリが、ほとほと参ったといった顔で言う。
「寮監さんがご飯を作ってくれたんやけどな、全部ミルクで煮た麦粥なんよ。やらかいのはええけど、どうも食べ慣れない味でなあ」
うんうん、と西花も頷いている。どうやらそれであまり食欲がそそられず、尚のこと元気がなくなってしまったらしい。
「二人とも家じゃどんなの食べてたんだ?」
「野菜と香辛料をドロドロになるまで煮込むんがマルムドゥの病人食やね」
「ツォの家庭全部がそうかは知らんが、我が家では魚醤で味付けした野草入りの粥だったな」
言ってから青ざめる西花。訂正しようと思ったが時すでに遅く。マクシミリアンたちはすっかりやる気になっていた。
「僕たちで作ってみるか、それ」




