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ディルが翔の言葉に眉を潜める。
「まだそれはわかりませんよ」
そう、吐き捨てるように言った。
「へっ、そうか。まあ残念だなぁ?お前の目の前でこいつを襲ってやろうかぁ?」
ディルの握っている拳に力が籠るのを感じた。私もギロリと翔を睨む。
「勇者とは思えない言動ね」
「だーかーら。別に勇者だからってちゃんと振る舞わなきゃいけないわけじゃないだろ?勇者の役目は魔王を倒すこと!それ以外はどうでもいいんだって」
つらつらと当たり前のように言葉を並べて話している彼に心の底から怒りが芽生えた。
「ほらほら、ディル。アーシェをこっちに渡せ」
ギュッと私を握っているディルの腕に力が入った。
「それは無理です。彼女は僕のものですから」
いや、違うけどね。
「おい、渡せっつってんだろ...弱虫が」
翔もそろそろ待てなくなったのか、酷く冷たく言葉を発する。
「お前らみたいなSランクぽっちの冒険者にこの勇者様に仕えられるんだ。そのことを嬉しく感じないのか」
もう、彼はおしまいだ。翔は勇者という立場に堕ちてしまっている。「勇者だからなんでもできる」と、もうそこまで堕ちてしまったんだ。権力を振りかざして...。やっぱりろくな奴じゃない。
「俺はなぁ!勇者様だ!魔王を倒して世界を救う英雄になるんだよっ!」
「そんな態度をしている勇者がどうなるか、ラノベにもあるでしょう。破滅エンド一択ですよ」
「っ...だがそれは所詮ただのストーリーにすぎない。現実はそんなに甘くないさ!」
途端に広間のガラスが全て粉砕した。大きな割れる音にその場にいる私、翔、ディル、第一王女のエリーナが目を見開いた。
「何っ?!」
危険を感じ陰から出てきたエリーナがこちら現れる。そしてグイッとディルの腕を掴んでそれにしがみついた。
「こわぁい...助けてぇぇ」
そして頬をディルの腕にすりすりする。
なんとも、嘘っぽい演技か。
割れたガラスの窓から大きなマントを付けている大人な男性の影が現れた。
『我を呼んだのは、お前らか』
だが、その影とは反対に聞こえてくるのは子供の男の子の声。
「だ、誰?!」
エリーナが叫ぶ。
『我か?我は魔王である』
魔王と名乗るその影は月明かりの前に姿を現した。
その姿は小さな子供である。10歳ぐらいの子供がそこに立っていた。
「...僕は、どこから迷い込んできたのかな?そう言う発言は罪になりかねないから気をつけないと」
と、表ではそのように気遣うように言っているが、顔に書いてあることは違う。「何このガキ、突然城に入った挙句魔王気取り?これじゃ私が子供相手に怖がってるって思われてしまうじゃない」と、本心ではそう思っているのだろう。
エリーナのその返しに魔王はムッとした。
『我は魔王だ。この姿でも300年近く生きている』
そう言われても信じるものはこの場に...いた。
「魔王がどうしてここに?」
ディルである。私はギョッとディルを見る。
「魔力量を見ればわかるよ。彼は本物だ」
私の方を向き、微笑んでくる。
「お、俺だって気付いていた!魔王よ、この勇者である俺になんの用だ!」
『こっちが聞きたいところだ。我を呼んだのであろう?それにしても今回の勇者はお前か...』
魔王は翔のことをまじまじと上から下まで見定めた後、目を細めた。
『...失敗だな』
「なっ!子供に言われたくないわ!」
『さっきも言っただろう。我はお前たちよりもずいぶん生きている』
めんどくさそうに翔を一瞥すると今度は私と目が合った。私たちは5秒ほど見つめ合う。すると魔王は私の方にてくてくと歩いてきた。
『お前、強いな』
「え、あ、...はあ」
どう返せば分からず、戸惑う。
すると、翔がするりと柄に入っている剣を取り出した。
「魔王なら...ここで殺してやる!」
目をカッと見開いて彼は魔王に突進していった。私はどっち側に着いたらいいのか分からず、その場に立ち尽くす。刃は魔王一直線に向かっていたが、目の前でピタッと止まった。
『これくらいの力で我を殺そうなど、我を馬鹿にしているのか?』
怒りがこもっている魔王の声が広間に響いた。
「ちっ」
翔は後ろへ飛び、距離を取る。
「そうだ!アーシェ。お前俺の盾になれ!」
...は?私に死ねと?
それにしてもそんなストレートに言うなんて馬鹿じゃないのか?
「自分の命は自分で守って」
「命令だぞ?!」
「聞けない命令もあるわ、少なくとも私には。それに、ゴタゴタ話してると...」
閃光のような光が翔に向かって放たれる。彼はそれをかろうじて剣で防ぐ。
『敵は待ってくれるのだ、勇者よ。注意を常に我に向けておれ』
「クソがぁぁ!」
体勢を立て直した後、再び同じやり方で魔王に突っ込んでいった。せめて違う角度からでも襲ってみたらどうだ、と指導したい。ぜひ翔にはディルの稽古を受けてもらいたい。お代は高いけれどもいい経験になる。
『まったく、お前に我を殺すなんて無理だ。これまで挑んできた勇者も無理だったのだ。そいつらよりもはるかに弱いお前には無理だ』
全く、正論で何も言い返せない。
魔王は勇者の剣を指二本で止めると、そのまま翔ごと床に叩きつけた。そしてその小さな足で翔の背中を踏みつける。
「ふぐっ...!」
グリグリと踏んでいる魔王は無表情だったが、目が少しだけ笑っていた。
『お前をこのまま殺してしまおうか?』
「うひぃ!」
翔は私の方を向いて助けを求め出した。
「アーシェ...アーシェ!俺を助けろぉ!」
「......」
どうしよう、正直もう少しこうさせたい。これまでの行いの反省として。
ディルの手が、私の肩におかれる。それが全てを伝えてくれていた。
「ええ、そうね...翔。.........もう少し、そこで反省してないさい」
「はぁぁあ?!」
『...へぇー。勇者、お仲間に大切に思われてないんだな』
「私を襲おうとしたから」
魔王は「プハっ」と笑い出した。




