モテモテ93
一行が向かった先は、このプール一番の目玉である特大ウォータースライダー。
浮き輪に近い二人用の乗り物に乗車し、左右に振られながら猛スピードで滑り落ちるアトラクションになっている。
当然人気があり、今も行列が出来ていたので最後尾に並ぶ事にした。
先頭から日野、黒笠、白石、涼太、俺、飾霧の順に並んでいる。
飾霧は苛々しているのか、脚をタンタンと踏み鳴らす。
「私の前に立ちはだかるなんていい度胸ね。どうしてくれようかしら」
「怖ぇよ」
漆黒の感情が流れ出してしまったかのような殺気に満ちた表情と、凍りついた声音に恐怖を感じた。
「そんなに怯えなくてもいいのよ。貴方も一緒に排除してあげるもの」
「勝手に巻き込むんじゃねぇよ!」
大声を上げると、他のメンバーとお客さん数人がこちらに視線を向ける。
「やっぱり二人は仲がいいよな」
涼太の何気ない言葉に、真顔の俺は力強く肩を握った。
「安心しろ。お前の目は節穴だ」
「珍しく意見があったわね」
「酷い言われようだな」
飾霧にも便乗され涼太は苦笑いを浮かべるが、そこに震えた小さな声が割って入る。
「津賀君は節穴じゃないでシュ」
顔は真っ赤だが、やる気に満ちている白石ちゃんを見て涙が出そうだった。
これが子の頑張りを垣間見た親の心境か……
「白石さん。庇ってくれてありがとう」
「本当の事でシュ」
更にリンゴのように赤くなった白石は、いつも以上にちんまりとしていて頭からは湯気が出ている。
先頭に並んでいた日野が口を開く。
「これって二人用だよね?」
「そのようです」
黒笠が返事をすると、日野が少し照れながら涼太に問い掛けた。
「涼太君。どうやって乗る相手決めたらいいのかな?」
「グーチーパーでいいんじゃないか?」
「それいいかも」
「……私もそれがいいと思います」
黒笠も恥ずかしそうに目を逸らしながら同意する。
勝手に決まりかけていた状況を見て、慌てた俺は「ちょっと待った」と手を前に出した。
全員から視線を集めたのを見計らって雄弁と語り始める。
「確かに涼太の上げたアイデアは悪くはないが、ここは俺が作ったーー」
ポケットから降り畳まれた紙を取り出し前に突き出す。
「このあみだくじを使おうじゃないか」
ドヤ顔の俺に涼太は問い掛ける。
「いつの間に作ったんだよ」
「こうなる事が目に見えていたからな。さっきちょちょいと作っておいた」
これも作戦の一環である。
このあみだくじを使って涼太と白石ちゃんを同じグループにする。
そして、二人っきりで浮き輪に乗ってもらい、荒ぶる浮き輪の上で徐々に二人の身体は近付いていき、終いには揺れた勢いに任せて抱きついてしまおう。
というありがちな作戦である。
「気が利くな」
「ーーだろ」
汚れのない瞳が俺の心を串刺しにした事により、平常心を装うのがやっとである。
振り絞るように声を出そうとしていると、涼太が清涼感のある明るい声を響かせる。
「せっかくだから、このあみだくじを使って決めるっていうのでいいかな?」
「おっけー」
「大丈夫です」
「構わないわ」
「い、いいいいですよ」
日野、黒笠、飾霧は特に問題なく返事をする。一人あからさまに動揺しているのは白石ちゃん。
彼女は作戦を知っているから少なからず焦るのは仕方ないが、もう焦点が完全に合っていない。
やはり、白石ちゃんはポンコツである。
俺まで動揺していたら作戦に支障をきたす。落ち着いて深呼吸をしてから口を開いた。
「それじゃあ全員賛成という事で、先ずは涼太から」
紙とペンを渡した。
「じゃあ、ここだな」
「おっけー」
涼太は右端を選んだ。
このあみだくじにはABCと三種類のグループがある。涼太が選んだ場所はAグループ。即ち白石ちゃんがAグループになれる位置を教えればいい。
気取られないように何食わぬ顔で白石ちゃんの元まで駆け寄る。
「次は白石ちゃん」
バレないように右から二番目に指を置き、目で合図を送る。
「ーーえっと、じゃあここで」
「よし。そこね」
しっかりと意思疎通はできていたようで、指示していた場所を選んでくれた。
拳を握りながらほっと胸を撫で下ろした。
これで涼太と白石ちゃんは同じグループになった。
後は適当に決めても平気だから、手っ取り早く一番近くにいた黒笠に声をかけた。
「次は黒笠」
「この一番左端で」
「はいはーい」
「次は日野」
「じゃあ、雫ちゃんの隣で」
「了解」
残るは飾霧と俺だけ、一応作った人を最後にするのがセオリー。
「もう二つしかないけど好きな所を選んでくれ」
飾霧にペンと紙を渡した。
「どちらにするか迷うわね」
「どっちでもいいから早く決めろよな」
珍しく悩んでいる飾霧から目を離し白石の様子を伺うと、うろちょろと落ち着きがない。
あればっかりは仕方ないか、作戦の事を思うと平常心を保つのは難しいだろうし。
「ここにするわ」
「ーーおう」
不意をつかれ多少驚いたが問題はない。
飾霧は日野の隣を選んでいた。
「じゃあ俺は余った所だから……よし。じゃあ始めるぞ」
全員の名前が書かれたあみだくじを右から順にスタートする。
もうみんなも気付いていると思うが、結果は日野と黒笠。白石と飾霧。涼太と俺になった。
予想外のあみだくじの結果に頭を抱えずにはいられなかった。
「……どういうことだ」
絶望していると、幼いのにトゲがある声が届く。
「茂木君。ちょっといいかな?」
「は、はい」
白石の引きつった表情が怒りを抑えているのだと、証明していた。
彼女より遥かに大きい筈の俺は見る見るうちに縮こまり、見下ろされている。
「どうなってるの? 話と違うよね?」
「お、俺にも何が何やら……」
本当に意味がわからない。
即席で作ったとはいえ、しっかりと出来ていたし、六パターンの場所を覚えるのは簡単な筈。
なのに、いざ蓋を開けたら大惨事。
これ、絶対神様の仕業だよね?
「そう……そうやってとぼけるんだ。見損なった」
冷え切った瞳からは光が消え、失望が色濃く表情に現れていた。
いつも天使のようだった白石ちゃんにあのような悍しい顔をさせてしまい、罪悪感を覚えた俺は深々と頭を下げた。
「すいませんでした。ただ俺がミスっただけです」
「最初からそう言って欲しかった」
寂しげな彼女に向かって両手を合わせる。
「すまん。次は頑張るから。せっかくだし、今はウォータースライダー楽しもう?」
「……うん」
小さく頷いた白石はどこか納得出来ないと表情を曇らせていた。




