モテモテ91
一人で波のプールに来た俺は大波に飲み込まれていた。
前に行く程深さと波の強さが増す。
当然のように最前線で波との真っ向勝負を楽しんでいた。
因みに女の子はここまで来ない方がいい。ビキニなんて簡単に吹き飛ぶ。
だから正直にいうと一人でここに来るよりも女の子と一緒に来たかった。
ーー今にも荒ぶる水着が目に浮かぶぜっ
でも、そうしなかったのには理由がある。
その理由とやらを知る為に、今から三十分前へ遡ろう。
飾霧に唆された俺は全力で逆走していると、置いていった黒笠と日野がまだ言い合いをしていた。
「二人共まだそんな事してんのか?」
「そんな事とはなんですか?」
「そうそう。私達にとっては大事な事なんだけど?」
黒笠と日野に凄まれた俺は慌てて宥める。
「わ、わかった。一旦落ち着こうぜ。それに考えてもみろよ。二人はどうして言い合ってるのかを」
「それは飾霧先生が……あれ? なんでしたっけ?」
「確かにそう言われてみると、何を言い争ってたのか分からなくなってきた」
どうやら助言したお陰でヒートアップした熱が冷めたようだ。
「そうだろ。二人は飾霧を尊敬している同士仲間なんだから、もっと仲良くしろよ」
「確かに先輩が言う通りかもしれません」
「一理あるかも」
「だろ?」
落ち着いた二人を見てほっと胸を撫で下ろした。
納得した黒笠は徐に右手を前に出す。
「日野さんは見る目がありますね」
「雫ちゃんも相当なものよ」
日野は示し合わせたかのように強く握り返した。堅い握手を交わした二人はうんうんと頷く。
「一件落着だな」
青春の一ページを目の当たりにし、大きく頷いた。
握手を終えた二人は耳打ちでこそこそと話し合った後、黒笠が口を開いた。
「先輩。私達がお礼に手伝ってあげます」
「何を?」
「白石さんの事ですよ」
「ま、まじかよ!」
突拍子もない言葉に動揺が隠しきれない。
「はい。私達が二人きりにさせますから、後は頑張って下さい」
「ファイトだよ」
二人とも胸の前でグッと両拳を握ってくれた。
「ーー二人共ありがとう。出来る限り頑張るよ」
強調された谷間のせいで返事が遅れたのは言うまでもない事実。
でもそれ以上に二人の好意が嬉しくて感動したけど、胸元からは目が離せなかった。
その後、ルンルン気分で一周回ったが飾霧の姿は何処にもなかった。
ーーあのアマァアアアアアアアアアッ!
という訳で、黒笠と日野が俺の為に白石ちゃんをここまで連れて来てくれる手筈になっている。
一通り波との戯れ合いも済んだ事だし、白石ちゃんがいつ来てもいいように浅瀬の方へと移動した。
地面に座っていると、丁度足が浸るくらいの弱い波が押し寄せ、海に来たかのような雰囲気を満喫できる。
とは言ったもののそんな悠長にしていられる心境ではなく、一刻も早く仲直りがしたい。
「さっさと来い。返り討ちにしてくれるーーじゃなくて仲直りしてくれるわ!」
一人おかしなテンションで今か今かと待っていると、後ろから可愛らしい声が聞こえる。
「ここいいかな?」
振り返り見上げると、花柄の水着を身に纏った白石の姿がそこにはあった。
突然の不意打ちに言葉を詰まらせたが、どうにか声を振り絞る。
「……あ、ああ。どうぞ」
白石は少し離れた位置に腰を下ろし、体育座りをする。
「それで、大事な話って何かな?」
そう言った彼女の目は少しも笑っていなかった。
先ずは誠意を示すために深々と頭を下げる。
「この前は悪かった」
すると、白石は瞬時に口を開いた。
「嫌い」
「へっ?」
頓狂な声を上げた俺は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になる。
「そういう所が嫌い」
「えっ?」
二回も言われたので現実だということは理解しながらも聞き返さずにはいられなかった。
まさか、あんな可愛い口から嫌いという言葉が出るなんて夢にも思わない。
当然、心に想像を絶する深傷を負った。
「正直に謝れば許してもらえると思っている安易な考えが嫌い。二人を使って自分では何もしない所も嫌い」
「ーーごめん」
呟くように声を出すのがやっと。
「謝らなくていい。私は他の二人とは違うから」
「……」
胸が息苦しくて言葉が出ない。
確かに白石ちゃんが怒るのも無理はない。他人に甘えているツケが回ってきたようだ。
せっかく日野に忠告してもらったのに……
二人が手伝うと言った時にラッキーとか思うのでなく、「俺一人で頑張るから、気持ちだけは受け取っておくよ」ぐらいの事が言えない自分が嫌いだ。
口だけは一人前で、本当は一人じゃ何も出来ない自分が情けなくて涙が溢れそうだ。
涙が流れないように空を見上げると、
「でも、私も鬼じゃないからチャンスをあげる」
思いもしなかった温もりのある声につられ、彼女に顔を向ける。
表情は先程までとはまるで別物で、いつもの白石ちゃんがそこにはいた。
俺は縋るような気持ちで、「何をすればいい?」と尋ねた。
彼女は少し言いづらそうに目を逸らす。
「……私のあがり症を治してくれたら許してあげる」
一番恐れていた事態になった。
彼女のあがり症はそう簡単に治らないのは実証済み。よって俺には解決できない。
「……治したいのは山々なんだけど無理じゃない?」
「だったら仲直りするのは諦めて、話はおしまい」
終わりたくない一心で脳をフルスロットルで活用し、名案と言わないまでもそれなりの作戦が思いついた。
踵を返した白石に届くように大声を上げた。
「よし。できるだけの事はやってみよう。俺に一ついい考えがあるんだけど」
振り返った白石はジト目を向けてくる。
「それ変なやつとかではないよね?」
「変といえば変」
「試しに言ってみてくれる?」
冷静に考えると、無理矢理捻り出した感が否めない無茶苦茶な作戦だが、今はこの作戦に全てをかけるしかない。
俺は「わかった」と頷いた後に続ける。
「結局のところ白石ちゃんが涼太の前だと上がってしまうのは、好きだから普通の人よりも意識してしまい、異様なまでに緊張するのが原因だと思う」
「……うん」
俺の言葉に耳まで真っ赤にするという事は本当に涼太が好きなのだろう。
白石ちゃんの為にもふざけたりはしない。
「だからいっその事抱きついてしまえばいいんじゃないか?」
さっきのはフリじゃなくて大真面目だ。
「な、なに言ってるの!」
あわあわと身振り手振りで、恥ずかしさを紛れさせようとする彼女を無視して続ける。
「きっと、抱きついた瞬間は恥ずかくて死にそうになるかもしれない。だからこそ、そこを乗り越えれば日常会話ぐらいは容易く出来るようになるのではないかと。いわゆるショック療法だ」
「も、もしそうだとして、どうやって抱きつけばいいの!」
取り乱し、声のボリュームが最大まで上がっている彼女の肩を叩いた。
「一旦落ち着こう」
「そ、そうだね」
疚しい気持ちはなかったとは言え、女の子の華奢な身体に触れてしまった事に少なからず動揺したものの。
どうにか平常心を保ったまま話を続ける。
「ーーこれから言う事をよく聞いてくれ」
「う、うん」
白石ちゃんに作戦を伝えると、顔をリンゴのように真っ赤にさせ慌てて口を開く。
「ほ、本当にやるの? そもそも抱きついたからって本当に治るの?」
「やってみないと分からないし。俺は白石ちゃんと仲直りする為に出来る限りの事はやりたい」
「そ、そこまで言うなら……私も頑張ってみるっ」
白石の意思がなまなかではないのは、目を見れば一目瞭然。
俺は負けじと顔を引き締める。
「よし。それじゃあ作戦開始だ」




