モテモテ85
無事に期末テストを終え、プールを翌日に控えた前夜。
俺は大量の汗を流していた。
「ふっはふっはふっはふっはふっはふっは」
軽快なリズムを刻みながら腹筋を行なっていく。
やはり、身体は鍛えているに越した事はない。
俺はこの為だけに、既に鍛えられた肉体を二週間かけて更に絞ったのだから。
これも全てはモテる為である。
当然仲直りするのは前提だが、女の子とプールに行くのだからそれを差し引いても多少はテンションも上がる。
にしても飾霧が付いてくるのは想定外だった。
また悪巧みを考えているかもしれない。
だとしても、あいつが考えている事が俺に分かる訳もないので、あまり深く考えないようにしよう。
今は疑心暗鬼になっている場合ではないからな。
腹筋を止め、体制を変えてからゆっくり腕立てを始めた。
「アブアブアブアブアブアブアブアブゥアッ」
汗がぽたぽたと落ちるたびに筋肉が喜んでるのを感じる。
俺の右胸筋と左胸筋が互いに悲鳴を上げる。
これが終わったら早めに寝るとするか。なんたって明日は大勝負だからな。
指定回数を終えた俺は、その勢いのままお風呂場にダイブした。
満を持して迎えた。作戦決行日。
Tシャツ短パンの俺はジリジリと焼けるような日差しを浴びながらも、自分の鞄とは別にボストンバッグを肩に掛けていた。
数十メートル先を歩く彼女の銀髪は纏められお団子状になっている。
いつもと違う髪型が雰囲気をガラリと変える。
花柄のワンピースをひらひらと靡かせ、こちらを振り向く。
誰もが羨む絶世の美少女は鋭い目付きで、
「早くしなさい」
と冷たく吐き捨てた。
額を拭うものの、とどまることを知らない汗は頬を伝い地面へと落ちる。
「誰のせいだと思ってやがる」
「全く聞こえないのだけれど」
何食わぬ顔で悠々と歩く飾霧が、今朝ラブコールならぬデスコールをしてきた。
そのせいで早めに家を出発する事になった俺は、我が家の前で待ち伏せしていた飾霧と半ば強引にジャンケン勝負をする羽目に。
結果は予想通りの敗北。俺は飾霧の鞄を持つ事になった。
この中に何が入っているのかさっぱりわからない。
どうしてプールに行くだけで、旅行をする人みたいな荷物の量になるのかは不明。
「バカめっ」
「誰の事かしら?」
「きっちりと聞こえてんじゃねぇか」
愚痴を言いながらも必死に後を付いて行く。
「今日こそリムジンの出番だろ」
「盲点だったわ」
「なるほどね」
あいつはこの程度の事も気付けないほどうつけ者でもない。
要するに俺の苦しむ姿を見たかったわけね。
にしても限度があるだろ。プールまで約十キロも離れているんだぜ。
ここ最近で更にサドスティックさに磨きをかけてきたな。
まぁ、じゃんけんに負けたからこれ以上は言うまい。
でもそんな事より聞きたい事があった。
朝から胸に秘めていた想いをぶつける。
「今頃だけど、この鞄何が入ってるんだ? 尋常じゃない重さなんだけど」
「着いてからのお楽しみよ」
「言うと思ったよ」
こうなる事は概ね予想していたから聞くか迷っていたけど案の定だ。
どうして俺はプールに入る前に体力をごっそりと削り取られないといけないんだ。
ーー準備運動軽く超えちゃったよ!
一歩ずつしっかりと目的地を目指し歩いていると、建物の全貌が見え始めた。
「見えてきたようね」
飾霧の声に反応したというか。
マラソンを走り終えた達成感のような気持ちの俺は心の底から言葉が溢れる。
「やっとかよ。オアシスに見えてきた」
自然と歩く速度が上がる。
ラストスパートをかけ、やっとの事で待ち合わせしたアクアパラダイスの出入口に辿り着いた。
周囲を軽く見渡すと既に三人が集まっていた。
白石と日野は立ち話をしているようで、その近くの椅子に腰を据える黒笠は小説を読んでいる。
いつもなら能天気に飛び込むのに、今はあの場所が地獄に見えてしまう。
言うまでもないだろうが、あそこの三人に見限られたばかりだし。
「さっさと行くわよ」
「ちょっと待ってくれ。心の準備が……」
俺の言葉は無情にも聞き流され飾霧は黙々と突き進む。
彼女の子分のようにして背後に隠れながら付いて行く。
こちらにいち早く気付いた黒笠は黒のTシャツにベージュのサロペットスカートを着用し、両サイドを緩く三つ編みにしていた。
ローツインテール風の三つ編みはゆるふわで可愛らしさを引き立たせる。
俺達が付近にたどり着く前に、小説をしまい立ち上がる。
「おはようございます」
「おはよう」
見ての通り飾霧にしか挨拶をしないと思いきや、俺に視線を移した。
黒笠は気まずそうに呟く。
「……先輩も来たのですね」
「おう」
小さく返事を返した。
思った感じと違う印象を受けたけど、不機嫌なよりは幾分かマシだな。
そう安堵したのも束の間。立ち話をしていた二人がこちらに気づき歩み寄って来た。
白石は白のトップスにチェック柄のスカート。
日野は大きめの黄色いTシャツにショートパンツ姿だった。
「飾霧さん。おっはよー」
「おはようございます」
二人に挨拶をされた飾霧はシンプルに「おはよう」と返事を返した。
その光景をやや後ろで見ていた俺はこの場所から一刻も早く逃げ出したかった。
でも、今逃げ出したらせっかくの水着姿が見られない。
しかも美少女四人分の水着が、だっ!
死んでも逃げる訳にはいかない。
煩悩丸出しの俺に気づいた日野は不機嫌に表情を曇らせた。
「へぇー。本当に来たんだね」
「あ、ああ」
やばい。この空気最悪なんだけど……
もう水着なんかどうでもいいから今直ぐに盗んだバイクで走り出してぇ。
目を逸らし今にも挫けそうな心をどうにか保とうとしていると、白石が挨拶をしてきた。
「茂木君。おはよう」
普通に挨拶をされるという予想外の展開に、口をあんぐりとさせずにはいられなかった。
俺は小さく、「お、おはよう」と返す。
涼太以外のメンバーが揃い、とても気まずい雰囲気が漂っているので一刻も早く助けてほしい。
ーー助けてぇ。イケえもん!
俺の心の声に共鳴するかのように爽やかな声が聞こえた。
「ーーおはよう。もうみんな集まってたんだね」
太陽をも味方につけ、眩しい程のイケメンが颯爽と現れた。
お目当の人物が登場した事により、三人の女子が高揚しているのが手に取るように分かる。
七分袖のゆったりとしたシャツは淡い青色で下は黒のパンツ。
何を着ても似合うイケメンに女子達は各々挨拶をしていた。飾霧はいつも通りの無表情。
俺は一人噛み締めるように呟いた。
「ありがとう」
「どうして感謝されてるんだ?」
「細かい事は気にするな。さっさと行こうぜ」
この場から立ち去る事を優先した俺は前もって買っておいた券を握り締めながら入場口へと向かった。
「ちょっと待てよ」
涼太の声は聞こえたが振り向くのが怖くて無視する。
後から来る五人はゆっくりと歩いていた。




