モテモテ83
水着を買った俺は後悔の二文字を引っ提げ、カフェテラスでコーヒーを飲んでいた。
目の前にはチーズケーキを笑顔で味わう飾霧の姿があった。
水着のインパクトでよく見ていなかったが、今日の彼女はいつにも増してお洒落だった。
白いレースのワンピースがすらっとした体型にマッチしている。
水着姿はどうせ今度見れるのだから今日はこの姿を堪能しよう。
俺が目の保養をしていると、飾霧がフォークを置いた。
「そんなに凝視されていると、せっかくの美味しいケーキが喉を通らないのだけれど」
置いたはずのフォークが飛んでくる勢いの罵声に俺は難なく返事をする。
「まさかとは思うが、俺のせいで食欲がなくなるってことか?」
「改めて言うまでもないわね」
「せめて言ってくれよ」
「貴方のアブノーマルな趣味に私を巻き込まないでくれるかしら?」
「誰が言葉攻めで気持ちよくなる変態ドM野郎だ!」
「そんな事は一言も言っていないのだけど。自己紹介痛み入るわね」
「そんないかれた自己紹介があってたまるか!」
勢いに任せて、そのひらひらのスカートを引きちぎる所だったわ。
まだ俺は人間としての尊厳を失っていないようだ。
冷静さを取り戻そうとしていると、飾霧は冷たい声で、
「貴方が常識的な考え方を出来た事が、今日一番の驚きよ」
「今まで俺の事なんだと思ってたんだよ」
「変態だと思っていたわ」
「せめて変人にしてくれ」
変態は悪口で、変人は褒め言葉だと思っている。
変人は普通とは違うって意味で、特別な存在という事だからだ。
「変であると自覚しているのね。素晴らしいわ」
「全然褒められている気がしないんだが?」
「絶賛しているのに、残念ね」
飾霧は澄ました表情で紅茶を一口。
その余裕綽々といった雰囲気が腹立たしい。
「ならもっと残念な顔したらどうだ?」
「そうね。次からは努力してみるわ」
「努力しないとできないとか。粋狂なやつだな」
「貴方ほどではないわね」
「確かに俺ほど粋狂な男もいないよな」
粋狂とか俺が五番目に好きな言葉だからね。
その言葉ありがたく受け取っておくよ。
ご満悦な俺に飾霧は溜息をついた。
「ーーそういう所だけは尊敬に値するわね」
「そんなに褒めても鐚一文まけないぞ」
「何を当然な事を言っているのかしら? そもそも貴方の持ち合わせは雀の涙ほどよね?」
確信を突かれ、平常心を失った俺は苦し紛れにこう答えた。
「ーー鳩の涙くらいはあるはず」
「その値がわからないのだけれど。やはり貴方は単細胞生物だったという事を理解したわ」
繊細な心に傷を負った男子高校生は口ごもりながらも、
「……喋れば喋る程、俺の評価が下がっていくのは気のせいだよな?」
「気のせいよ」
「そうか。それはーー」
飾霧の一言で安心したのも束の間。
彼女は俺の言葉を遮ると、生き生きとした声で饒舌に語り始めた。
「そもそも貴方の評価は0点だもの。これ以上下がることはないから安心しなさい。貴方はどこまで行っても底辺なのよ」
俺の瞳から光が消え、魂の無い人形のように喋り始めた。
「なんだ。そもそも末端だったわけか。なら安心だ。あはははははははははははは」
笑っている最中にどうにか意識を持ち返し、力強く続けた。
「って、認めるとでも思ったのか⁉︎」
「違うの?」
「ちげぇわ!」
全力で睨む。
「あら、そうだったのね。驚いたわ」
「飾霧と話していると異様に喉が渇くんだが」
「遠慮なく飲みなさい。奢ってあげるわよ」
「遠慮しておく。これ以上借りを作りたくないからな」
「そう」
僅かに寂しそうに見えた飾霧は、ケーキを一口食べ薄く微笑んだ。
暫くして飾霧が食事を終えたのを見計らい口を開いた。
「もうそろそろ、水着も買い終えた訳だしここらでお開きにするか」
「それもそうねと言いたいところなのだけど、そのTシャツのキャラクターは何かしら?」
今日はやたら俺の胸部分に視線が集まると思っていたが、そういう事だったのか。
早く聞けば直ぐに教えてやったのに。うい奴め。
胸を張り自信満々に答えた。
「こいつはニワットリー君だ」
「一ついいかしら」
「なんだ?」
「今更で悪いのだけど、触れるのが生理的に無理で。怖気付いてしまっていた事にまずは謝るわ」
「よくわからないが気にするな」
彼女はこのTシャツを恐れていたらしい。
確かにここまで斬新なデザインは見た事ないもんな。
飾霧は決意に満ちた瞳で、
「そう。なら言わせてもらうわね」
と前置きを挟み深呼吸をしてから続けた。
「それ、国が滅びかねない程にダサいわよ」
鈍器で殴られたような衝撃を受けて立ちくらみがする。
額を押さえながらも必死に口を開いた。
「……ちょっ、待ってくれ。ツッコミ所が多過ぎて理解出来ない。先ずこのTシャツがダサいって事でいいんだよな」
「そうね」
これ、ダサかったの?
会ってすぐに何も言わなかったから合格だと思っていたのに……
まだ思考がハッキリしないものの会話を続ける。
「……しかも国を滅ぼしかねない。と?」
「そうね」
フラットな表情で頷く飾霧に向かって吠えていた。
「今すぐこれを作ったデザイナーさんに謝れ!」
「ごめんなさい」
「そこは謝るなよ!」
普通に謝るものだから調子を狂わされた。
すると、飾霧は間髪入れずに口を開く。
「これでも一応悪いとは思っているのよ。もっと早くに救えたのに、救わなかったのだから」
「俺は重病患者じゃねぇんだよ!」
Tシャツ一枚で救う救わないとか、壮大な話になってきた。
「そうね。もう助からないものね」
「ちゃっかり見捨てるんじゃねぇよ。そこは救ってくれよ」
「そこまで言うなら救ってあげない事もないわ。でも服を買うお金もないのよね?」
その言葉で全てを理解した。
「確かに、だから言わなかったのか?」
「そうね。救いたくとも、救えない命だってあるもの」
「救う救うって大袈裟過ぎるんだよ。流石に傷つくぜぇ……」
俺が金欠な事を知っていたからあえて黙っていたのだろう。
だが、それも我慢の限界だったと言うことがわかる。
にしても俺ってそんなにセンスないの?
普通に心折れるんだけど……くそぅ。
意気消沈していると、追い込むような楽しげな声が響く。
「確かに言い過ぎたかもしれないわね。まずはその絵を書いたデザイナーさんを救いに行くわよ」
「結局。俺を間接的にディスってんじゃねぇか!」
「私とした事がそこまで頭が回らなかったわ」
「いつも余計に頭使ってるくせに、今日に限って手を抜くんじゃねぇよ。全力を出せっ!」
飾霧はより一層冷たい瞳で凝視しながら、
「茂木直」
と囁いた。
「なんだよ急に」
尋常ならざる雰囲気に生唾を飲み込んだ。
そして、飾霧の言葉を今か今かと待っていると、不意にその時がやってきた。
飾霧はゆっくり艶めく唇を動かし始める。
「それは無理よ」
喧嘩を売られているのだとようやく理解した。
咄嗟に眉間にシワを寄せた。
「どうやら戦争を始めたいようだな」
「もう既に貴方の胸の上で開戦しているわね」
渾身の一撃により、戦意を喪失した俺は縋るような声で、
「……もういいから、Tシャツから一旦離れようか」
と切実に頼み込んだ。




