モテモテ79
土曜日に事件がおきてからまだ一日跨いだだけで気まずいという事もあり、今日は飾霧と一言も口を聞いていなかった。
というのもあいつが全く喋りかけてこなかったのだ。
確かに、基本は俺から喋りかけていたのは避けようのない事実。
でも、あんな仕打ちをした奴に俺から話しかけてやる義理はない。
何より謝罪はどうした?
俺はねちねちした性格ではないので、終わった事をとやかく言うつもりはない。
だが、あの態度はどうだ?
謝るどころか。隣の席なのにまるで俺の存在が見えていないかのようだった。
放課後を迎えた今、いつもなら離れに向かうのだがどうも足取りが重い。
帰るのもどうかと思い、ひとりきりの教室でこんな取り留めもない事を考えている。
さて、どうしたものか……
「……このまま、もう喋る事はないのかもしれねぇな」
呟いた言葉が胸へ重たく響く。
ーー待て待て。この俺があんな毒舌女と会話が出来なくなるくらいで落ち込むわけがない。
だってそうだろう?
人を人とも思わない。モテる為に力を貸すとか言って結果がこれだ。
確かに良い思いをしたのは認めるが、それより酷い出来事の比率の方がかなり多い。こんなの割りに合わない。
「馬鹿馬鹿しい」
これ以上は考えるだけ無駄だと思い席を立つ。
教室を出ようと扉に向かうと、その前に飾霧が立っていた。
彼女を視界に捉えた瞬間、一歩下がりつつも咄嗟に口を開く。
「ーーなんのつもりだ?」
「遅いから迎えにきたのだけれど」
いつもと変わらない無の境地。冷たい視線で一瞥する。
その姿に動揺しながらも強気に返す。
「そうかよ。でも、もうその必要はねぇ」
「諦めたのね」
「いや、諦めた訳じゃない。もうお前に頼るのはやめだ。俺一人でどうにかする」
他人に縋っていたのがそもそもの間違いだったんだ。痛い目を見てやっと気づいた。
そう言った意味では飾霧に感謝するべきなのかもな。
決意に満ちた瞳を見て、飾霧は僅かに後悔を含んだ声で、
「……貴方が決めたのなら私は止めない。けれど」
思いを込めた言葉で区切る。
彼女の俺を見据える瞳が悲しげに揺れ、ゆっくりと唇が動き始めた。
「ーーもう少し、一緒に居たかったわ」
「お、俺と?」
間抜け面で聞き返すと、飾霧は頬を赤らめ「そうよ」と視線を逸らした。
「な、なんでだよ!」
「なぜって……」
取り乱しながらも恥じらう彼女に目をやる。
そのときめきメモリアルみたいな表情はどうした?
もしかして俺に惚れてるのか?
思い返せばこいつの行動はいつも不自然だった。
俺には異常に冷たいくせにモテる為に手伝ってくれるし。基本学校では俺としか話さないし。
奴隷が欲しいとかわけわからん理由だとしても、嫌いな奴を手伝うようなたまか?
決してそんな奴ではない。
そうなると、やはり俺の事が好きだったという結論になる。
思考を巡らせていると、肩を震わせる飾霧は顔を上げせせら笑っていた。
「……貴方と……居ると、楽しいもの」
口元を必死に押さえ、笑いを堪える姿を見ればさっきまでの考えが全て勘違いだった事が分かる。
赤っ恥をかかされた俺は震えた声で言い放つ。
「て、てめぇ。俺は、お前のおもちゃじゃねぇぞっ!」
「違うわ。特別なおもちゃよ」
飾霧の眼球がギロッと俺を睨みつけていたので、いつもの癖で「すいません」と謝っていた。
背筋と指先を伸ばし、下げられた頭。
それはそれは綺麗な謝罪だった。恐怖を感じた人間のあるべき姿。
飾霧は満足そうに振り返る。
「早く行くわよ」
頭を上げた俺の視界に映ったのは、靡く絹のような銀髪にそよめくスカート。
可憐な彼女の姿に視線は吸い寄せられながらもボヤく。
「ーー俺は行くなんて一言も行ってねぇ」
その言葉に反応するかのように飾霧はやや振り向き気味で甘く囁いた。
「来て」
その言葉が頭の中に鳴り響き、脳裏にこびりついて消えない。
これがお得意の飴と鞭の飴な訳だな。
こんな見え見えの罠に誰が引っかかるんだよ。
後頭部を掻きながら呟く。
「仕方ねぇな」
声が聞こえたのかは定かではないが、彼女は前へ向き直り優雅に歩き出した。
罠にハマった訳じゃないから。
別にこのまま帰っても暇だから付き合ってやろうかなって。
特別、あいつが可愛く見えたからとかでは決してない。
教室を出た俺は飾霧の後ろ姿を眺め、ゆったりと呟いていた。
「いつもより、楽しそうじゃねぇか」
その後。
離れにて、いつもの定位置で作戦会議は行われていた。
「ハーレム作戦が大失敗に終わった訳だが。もう次の作戦は考えてるのか?」
「まず訂正したいのだけれど。誰がハーレム作戦が失敗したと言ったのかしら?」
「いや言ってはないけど、あれはどう見ても失敗だろ」
「そんな事はないわよ。成功とはいかないまでも、上々の出来だったわ」
「ほんとかよ。さっぱり理解できん」
お手上げだと息を漏らしていると、飾霧はゆっくりと語り始めた。
「貴方は、地獄のような体験をしたのにも関わらず、ここへ戻ってきた」
「それは、お前が呼びに来たからだろ」
「それは誤りだわ。いくら他人に言われても、自分自身が目的を果たそうと思えなければ行動出来ないもの。でも貴方は動いた。要するに夢を叶える資格があるということね」
「俺を……試したって訳か」
まさかそこまで考えられていた作戦だとは思いもしなかった。
ただの嫌がらせだと思っていたから申し訳ないと思わなくもないが、もっと優しく試す方法はなかったのか?
そこだけが気掛かりである。
「そうね。あの程度が耐えられないようなら、どの道この先は無理だもの」
「ここから更に険しい道のりが待ってるんだな」
「当然ね」
思い返せば身震いしそうな体験だったが、それでも俺の心は折れなかった。
何故なら、そんな生半可な気持ちでモテ男になろうなんて思っていなかったからだ。
飾霧が試してくれた事により再確認できた。
何より自信がついた。
僅かに表情を綻ばせた飾霧は唇を動かし始めた。
「だからという訳ではないけれど、もう既に作戦を考えておいたわ」
「マジか」
「ええ。次の作戦はもうすぐ夏ということも加味したわ」
「それはいつになくいい予感がするぜ」
夏というワードに心躍らせていると、飾霧が指を差してきた。
「作戦名は、真夏のプールで美少女達と仲直りしちゃおう」
「相変わらず。タイトルとテンションが噛み合ってないけど最高じゃねぇか」
極寒の雪山のような表情の飾霧とは対照的に、俺のハートは燃え上がっていた。
俺は生きてこの方、女の子とプールに行ったためしがない。
行くとしても涼太と二人。周りの水着女子を眺める遊びをするぐらいが関の山だった。
でもついに女の子に囲まれながら遊べる日が来るなんて思っても見なかったぜ。
きっと俺が想像もできないあんな事やこんな事まで……
妄想に胸を膨らませ表情は緩み切っていた。
そんな俺を現実世界に引き戻してくれるのが飾霧という毒舌美少女だ。
「その伸びきっただらしのない顔をどうにかしてもらえないかしら? 視界に一瞬入るだけでトラウマになりそうなのだけれど。それに仲直りをするのはそう簡単ではないのよ」
飾霧にトラウマを植え付けた俺は、土曜日のトラウマが蘇り我に帰った。
「トラウマはお互い様だろ。確かに仲直りするのは一筋縄じゃいかないだろうな。そもそもプールに誘うのすら難しそうだ」
「そうね。だから下準備が必要になるの」
「下準備って何をすればいいんだ?」
「貴方ならとても簡単な方法が一つあるわ」
含みのある表情に邪悪なオーラを感じたが、今は縋るしかなかった。
「頼む。教えてくれ」
この後、飾霧に詳しく説明してもらい今日は解散となった。
善は急げということで、彼女から授かった方法を明日にでも決行する予定だ。




