モテモテ76
奥の方で自動ドアが開く音が聞こえ、何故か俺の眼はそちらへと吸い寄せられていた。
吸い寄せられた理由は実にシンプルだった。俺のシックスセンスが疼いたからだ。
ゆっくりと姿を現したのは、案の定と言うべきか黒笠本人。
茶色のニットセーターに紺のフレアスカート。ベルトでウエストが締められており、全体のシルエットが美しい。
綺麗目な格好が年下とは思えない程に、大人の雰囲気を醸し出していた。
それと、異様に強調された二つの果実。日野には負けるもののそのボリューム感は圧巻の一言。
まさか邂逅するとは夢にも思っていなかった俺の頭は真っ白になっていた。
断じて黒笠の見た目のせいではない。可愛かったのは認めるが、理由は他にあった。
ただ、現状を理解できなくなった俺の脳が強制シャットダウンしたのだ。
そうする事で全てを無に返したかったのかもしれない。
キョロキョロと辺りを見渡した黒笠は俺を見つけると、あろう事か駆け寄ってきた。
そして、「先輩お待たせしました」と微笑む。
白石と日野は俺に視線を集中させた。
杞憂だと信じていたがやはり狙いは俺だったのか。
緊急事態宣言が発令した事により、予備電源が作動した。
再起動した俺は席を立ちながら小声で尋ねる。
「どうしてここにいる?」
本当に訊きたい。どうして?
「何をとぼけているのですか? 先輩が来いと言うから来たのです」
「いやいや、来いなんて一言も言ってないから」
本当に意味がわからない。俺は一言もそんな事を言った覚えがないのに…………
まさか知らぬ間にもう一人の僕が? 待て待て。僕まだ千年パズル組み立ててねぇから!
必死に思考を巡らせていると、黒笠は弱々しく俺にだけ聞こえるように尋ねてきた。
「そんな事より。此方のお二人はどなたですか?」
「ああ。この二人は俺の友達だ」
「先輩。そんなにお友達いたのですか?」
「お前は俺をなんだと思ってやがる?」
失礼な物言いに少々ボリュームが上がってしまった。
黒笠は気にせず特徴的なタレ目で見つめつつ微笑んだ。
「尊敬に値する先輩だと思っています」
「なら、いいんだけどよ」
尊敬すると言われて悪気がする奴なんていないだろう。当然。俺の口元は緩んでいた。
「それよりさっきも言ったが、俺は黒笠をここに呼んでないんだよ。だから何かの間違いだ」
「それはーー」
黒笠の言葉を遮ったのは着信音だった。
彼女は「失礼します」と言ってから電話に出る。
小声で数秒会話をした後、電話を切って続けた。
「先輩。細かい話は置いておくといて、私も混ぜてもらってもいいですか?」
「何故にそうなる?」
「いいですよね?」
「べ、別に構わないけど」
いつになく積極的な黒笠の申し出を断りきれなかった。
まさか、今日約束していた女の子達が大集合するとは思ってもみなかった。
当然のように妙な空気が漂う。
そんな中、始めに口を開いたのはあろうことか白石だった。
「あのー。茂木君のお友達ですよね?」
「と、友達といいますか、後輩です」
「後輩さんなら同じ学校ですね。そんな所に立ってないで座ってください。茂木君も早く座って」
新たな友達になりうる存在を発見したのだろう。
輝いた瞳でこちらを見つめている。
今日の白石ちゃんは本気だ。これを機に友達を増やす気満々である。
「そ、そうだな」
「すみません。失礼します」
白石の見えない圧に気圧され、言われるがまま奥に黒笠が座り俺が手前に腰を下ろす。
「お名前を聞いてもいいですか?」
「私も聞きたいなぁ」
「あ、あの……」
白石と日野の瞳から逃れるように黒笠は俯く。
思った通り。
黒笠にとって初対面の人間と話すのはハードルが高い。
ならどうしてここに留まったのかと、問いただしてやりたいのだが。
今はそうも言っていられないので迅速な対応で後輩を助けるとするか。
返事が返って来ないので、二人は気まずそうに苦笑いを浮かべた。
困り果て俯いたままの黒笠に代わって、俺は口を開く。
「こいつは黒笠雫って言うんだ。それと極度の人見知りだから、悪気がある訳じゃないんだよ」
「そうだったんですね。そうとは知らずごめんなさい」
「ごめんねぇ」
二人に謝られた黒笠は慌てて声を出した。
「そ、そんな事はないです」
「それならよかった」
安堵した白石。その言葉を真に受けた日野は躊躇なく語り掛けた。
「で、雫ちゃんは何しに来たの?」
「……先輩に会いにきました」
「語弊を招くような言い方をするな」
取り繕いのない言葉がストレート過ぎて、嫌な汗が出た。
日野と白石は示し合わせたかのように二人してジト目を向けてきた。
「その慌てようからすると、彼女とか?」
「茂木君。彼女居たんですね」
さっきもそうだが、俺には彼女がいるように見えるらしい。
なんだかモテ男に近づいた気がして悪くない。それに黒笠が彼女とか願ったり叶ったりだ。
妄想に耽っていると、
「違います。私、好きな人いますから」
黒笠がはっきりと否定した。
速攻で否定された現実に少し胸が痛む。
そんな俺など気にも留められない程、黒笠の発した言葉は破壊力があり、当然二人は食いついた。
「詳しく聞かせてもらおうかな?」
「興味がありますね」
女の子は恋バナが大好きな生き物なのである。
「い、今のは言い間違いです。聞かなかった事にして下さい」
日野と白石の好奇心に溢れる雰囲気に慌てて訂正するが、「怪しい」と二人の瞳が雄弁に語っていた。
この状況を招いたのは黒笠であり、俺には全く関係ない。
だが、追い詰められた後輩の表情を見ているだけというのも心苦しいので手を差し伸べた。
「まぁ、黒笠もこう言ってる訳だから。聞かなかった事にしてくれ」
「えー。つまんない」
「……どうしよう」
日野は不満だと駄々をこねる。困っている黒笠を見兼ねて白石が口を開いた。
「日野さん。嫌がる事をしたらダメですよ」
「佳代ちゃんがそう言うならやめる」
白石の助言により日野は早々と引き下がった。
俺も同じことを言ったはずなのに、まるで威厳がないのは何故なのだろう。
八つ当たりも含め日野の胸を凝視する。
頭の中がネバーランドと化している俺を横目に黒笠が口を開いた。
「……先輩方は何故ここに集まっているのですか?」
「茂木君に相談を聞いてもらってたの」
白石がスルッと口を滑らせる。
「奇遇だね。私も相談があるんだよ」
日野が楽しげに言葉を弾ませる。
「本当に奇遇だね」
「だねぇ」
二人でにまにまと微笑んでいる所に黒笠の声が響いた。
「実は私も先輩に相談があるんです」
「黒笠さんも」
「雫ちゃんもか。それにしても凄い偶然だね」
「ですね」
いつの間にか三人は意気投合。
「佳代ちゃんはどんな相談しにきたの?」
「待っーー」
このままでは大惨事になると、急遽ネバーランドから帰還した俺の声を遮ったのは、女性の中では一番と言っていい程に聞き覚えのある声だった。
「ご機嫌よう」
艶のある銀髪を掻き上げながら現れたのは、飾霧ノア。
白石は小首を傾げ、日野は驚き、黒笠はパッと笑顔になった。
面食らった俺は開いた口が塞がらない。
凛と立つ飾霧の服装はグレーのカットソーに黒のオールインワン。髪型はいつもと違い、片側が編み込まれていた。
ぱっと見はシンプルで色気を感じ難いが、飾霧の生まれ持った体型がそれを許さなかった。
サラッと伸びた手足に引き締まったお尻。引き締まったウエストが胸を強調させる。
全体図で見ると、凄まじくエロかった。
俺は震えた指先を飾霧に向けた。
「な、なんでお前がここに!」
「さー。何故かしら?」
「まさか、全てお前が仕組んだんだな!」
「あら、人聞きが悪いわね。私はただ、時が来たと判断しただけよ」
「時が来ただって?」
「そうよ」
この時。聞き返してみたものの俺はもう気付いていたのかもしれない。
あまりに急な出来事に頭が追いつかなくなっていただけで……
俺は瞬時に飾霧の手を掴んだ。
「来い」
「どういうつもりかしら?」
突然の事で本人は愚か、彼女達も驚きを隠せていなかった。
俺は三人に向けて「少し待っててくれ」と言った後に、飾霧と共に外へ向かって走り出した。




