モテモテ75
俺の真横から聞き覚えのある声が響く。
「あれ? 茂木君じゃあないですか?」
咄嗟に声の方へと視線を移した俺は「へっ!」と間抜けな声を上げた後に、
「日野?」
と大きく首を傾げた。
「当たりっ」
微笑んだ日野の服装はピンクのカットソーにチェックのスカート。
短めのスカートからは、小麦色のむっちりとした太ももが一部だけ強調されていた。
何を隠そう彼女はニーハイソックスを身につけていたのである。
緩めであるカットソーを突き抜ける勢いの胸。そして、下を見れば絶対領域が待っている。
俺の視線はどこにも逃げ場がない。胸と絶対領域に挟まれサンドウィッチ状態。
例えるなら俺はハンバーガーのパティ。ホワホワのパンに挟まれた一枚のパティ。
知らなかった。パティってこんな幸せな気持ちだったのか!
現実から目を背ける為に妄想していたが、限界は直ぐそこまでやってきていた。
何故なら実際のところ服装をじっくり見ている余裕などなく、俺の焦点は全く定まっていなかったのだから。
頭をフル活用したって全く状況が把握できない。
どうして、まだ二時だというのに夕方待ち合わせしていた筈の日野がここに居るんだ?
というか待ち合わせ場所は駅前だった筈。
深層心理を探るべく、更に熟考する俺をよそに日野は白石に視線を移した。
「それでそちらの方は」
「ーーあっ。私は白石です。多分ですけど、同じ学校の日野さんですよね?」
「えっ! 白石さん。同じ学校の人?」
日野は瞳を丸くした後に言い辛そうに続ける。
「ーーというか、気を悪くさせたらごめんだけど。私達……何処かでお会いしましたっけ?」
「……ええっと。会ったことはないです。日野さん人気者だから一方的に私が知ってるだけで」
「私が人気者? そんな事ないって」
激しく顔と手を左右に振る。
「そんな謙遜しなくてもいいですよ。私が知っているぐらいですから自信持って下さい」
白石が優しく微笑むと、日野は照れくさそうに頬を掻いた。
「そうかな。なんかありがとね」
「いえ」
その後僅かな沈黙が続き、居た堪れない雰囲気が流れ始める。
最初に痺れを切らした日野は、
「ーーそれより二人はどういった御関係なのかな? もしかして、付き合ってたり?」
ニヤつく彼女の軽はずみな発言に納得いかないと、白石は力強く机を叩いた。
「ち、違います! 茂木君はただの友達です!」
思案していた俺も流石に目が覚めた。
信じたくはなかったがやっぱり友達だよな。それ以上でもそれ以下でもない。
でも、ただの部分が強調されていた事に関しては気のせいなのだと信じたい。
とばっちりを受けて今にも泣きそうになっていた。
日野はというと瞳を丸くした後、申し訳そうに頭を下げる。
「変なこと言ってごめんね」
「いえ、こちらこそ急に大声出してすいませんでした」
白石もぺこりと頭を下げる。
一件落着したところで、心に傷を負った少年は口を開いた。
「そもそも、なんで日野がここに居るんだよ」
日野は、「私?」と自分に指先を向けた後に続ける。
「ーー私は友達と約束まで暇だから適当に時間を潰そうかなって。ただそれだけだよ」
俺にだけ微笑みかけてくるので、咄嗟に一言。
「それな」
これ以上ない返事だったと思う。とても、噛み合っていた言葉だった。
前々から知ってはいたが、初めて使った言葉。『それな』って、こういう時に使うものだったのだと心に刻み込む。
『それな』に浸っている俺を横目に白石は口を開く。
「友達多そうですよね」
「そんな事ないよ。ーー今頃その友達は何をしている事やら」
「何をしてるんですかね」
「ねぇ」
日野の熱い視線から目を逸らした。すると、彼女は優しく手を合わせる。
「では、私はこの辺で。これ以上お二人の邪魔しちゃ悪いからねぇ」
その場を立ち去ろうとした日野を見て、安堵した俺の前から信じられない言葉が聞こえる。
「邪魔じゃないですよ。よかったらここどうですか?」
白石はポンポンと自分の隣の席を叩く。
「いいの?」
日野はあからさまに笑顔になる。
「はい。是非」
笑顔で返す白石に、俺は必死の形相になりながらも小声で言う。
「いいのかよ。まだ話終わってないけど」
「いいんです。友達を作るチャンスですから」
「左様ですか」
生き生きとしている彼女を止める資格はないし、俺はそれ程うつけ者でもない。
白石ちゃんが友達に飢えているのを失念していたのがそもそもの原因。
そのお詫びと言ってはなんだが、二人で楽しむといい。
こうして、俺の前に二人の美少女が座っている。二人は思いの外すぐに打ち解けていた。
暫く女子トークを楽しんだ後、日野が徐に訪ねてきた。
「結局。二人はこんな所でなにしてたの?」
今頃になって鋭い質問をしてきたので、
「別にたいした事はしてない。ただ、世間話をしていただけだ。な?」
白石にアイコンタクトを送る。
「う、うん。そう、なんだ」
「へー。怪しい」
そりゃ怪しいよ。白石ちゃんロボットみたく頷いていたからね。
ここは白石ちゃんの為にも俺が現状を打破できる秘策を考えなければ。
でないと彼女だけじゃどうにも心許ない。
スマホに文字を打ち込み、アイコンタクトで白石を呼ぶ。
気が付いた彼女にテーブルの下からスマートフォンの画面を見せる。
内容は以下の通り。
『俺の話に合わせてくれるだけでいいから』
彼女はアイコンタクトで了解と返事をくれたので、俺は口を開いた。
「ーー別に怪しくないよ。ただ最近読んだ小説の話とかしてただけだから」
「そうなの?」
白石に質問するかのように日野は小首を傾げた。
俺が「頑張れ!」とアイコンタクトを送ると白石は「任せて」と瞳で返してきた。
彼女はゆっくりと口を開く。
「ソ、ソウダヨ。ダ、ダカラ、ゼン、ゼン、アヤシク、ナイ、ヨ」
ーー全部カタカナになっちゃったよ!
瞬時に口元を押さえなかったら声が漏れるところだった。
もう弁護できない。言い逃れできないほどに怪しいから。
前から思っていたけど白石ちゃんはだいぶポンコツだな。
呆れている俺と未だロボット化してる白石を怪訝な瞳で見つめる日野は唇を尖らせた。
「やっぱり二人で秘密の話をしてたんだぁ」
日野がやや前のめりになっことで、机に二つのメロンがのしかかる。
無論。俺はその光景を凝視していた。
ポヨンと跳ねるスライムのような胸が男心を弄ぶ。今はそんな状況じゃないのは百も承知。
なのに、目があの頂から微動だに動かせないんだ。
すまない。さっきの発言には語弊があった。動かせないのではなく、動かしたくないが正解だ。
最早兵器に近いそれに抗う術はなく、俺は流されるままに彼女の胸をまぶたの裏に焼き付ける。
日野の兵器を見過ぎたせいで、腰が引け、前のめりになったまま呟く。
「今死んでも悔いはねぇ」
「聞いてる?」
日野の言葉で我に帰り、慌てて胸から視線を逸らした。




