モテモテ73
待ち合わせ時間より三十分早く到着し、待つ事十五分。
遠くに白石を見つけたのでゆっくりと歩き出した。
今日の彼女は白いシャツのワンピースにベージュのカーディガンを羽織っている。茶色のショルダーバッグが可愛らしい。
学校とは違い、薄化粧をしている華奢な彼女は一段と可愛く天使のようである。
だが、俺は数々の試練を乗り越えてきた男。この程度で動揺などしない。
俺に気づいたのか駆け足になる白石は、走ったせいか顔がやや赤みがかっている。
軽く息を切らしながら申し訳なさそうに手を合わせた。
「ごめんね。待ったよね」
というテンプレの言葉の破壊力は思いのほか凄まじく。
咄嗟に太腿を叩いていなければ意識を持っていかれていた。
「ーー全然。今来たところだから」
「そっか。ならよかったぁ」
「お、おう」
ほっとしたのだろう。
緩んでふにゃっとした表情がとても愛くるしくて、マジで抱きつきそうになったので再度太腿を叩いた。
すると、その行動を見ていた白石は心配そうに見つめてきた。
「どうかした?」
「いや、太腿が痒くてな」
「そうなの?」
「おう。そんな事よりこれからどこ行く?」
どうにか話題をすり替えると、白石は「うーん」と少し考えてから答える。
「お昼まだだから、そこのお店でご飯食べながらでいいかな?」
「それいいね」
「じゃあ、行こう」
笑顔の白石は小さい足でひょこひょこと歩き出した。俺は後ろ姿を吟味した後に頷く。
「天使じゃん」
数分で某イタリアンが有名なファミレスに到着。
お昼時という事もあり混雑していたが、待ち時間はなく直ぐにテーブルへと案内された。
その後、数分の間メニュー表を見ながら震えていた。
ミラノ風ドリアにするべきか。パンチェッタのピザにするべきか。悩んでいたからだ。
悩む俺を見かねて、白石は声を掛けてくれた。
「決まらない?」
「そうなんだよ。これと、これで悩んでるんだけど」
メニュー表に指を差した。
「そうなんだぁ……」
「どうするべきか……」
その後熟考した俺が唸っていると、一緒に考えてくれていた白石が何か閃いたのか目を見開く。
「いっそのこと両方頼んだらどうかな?」
「それは無理なんだ。今、金欠でさ」
「そっかぁ」
今日の俺は三人の女性と会う事になっている。
この前飾霧とモテる為に必要な物を買い揃えた事で、財布に余裕がない。
出来るだけ出費は抑えなければ完全に底を突く事になる。
他の手は無いかと再度考えようとしたら、白石の温もりのある声が響いた。
「それじゃあ、私が片方頼むから半分こしよう」
天使が微笑んだように見えて、見惚れていた俺は返事が遅れた。
「ーーでも、そんなの悪いし」
「いいの。私が誘ったんだから」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
急に身を乗り出すもんだから距離は近いし、いい匂いもするし、今の彼女に俺は抗えなかった。
「任せなさい」
微笑む白石はコールボタンを押した。
注文を済ませ、暫くすると料理が運ばれてきた。
食欲をそそる香りが鼻腔を擽る。今にもよだれが垂れそうだ。
いてもたってもいられない俺はピザを切り始める。
そして、切り終えてから重大な問題に気が付いた。
このピザは俺のものであって、俺のものではないと言う事に……
もし白石ちゃんが潔癖的な人。もしくはそれに近しい人物だとしたら、今俺がした事は最もしてはいけない愚行なのではないのか。
そもそも一度切っていいのか聞くのが普通。
一般常識も守れない男だと思われたんじゃないのか?
もし目の前に居るのが白石ちゃんじゃなくて、飾霧だったとしたら俺はもうこの世にいないのでは……
想像したら、ピザカッター片手に笑みを浮かべる飾霧姿が。
ーー俺は頭を振った。
今、そんな事を考えても仕方ない。
もう切り終えてしまったのだから後には引けない。一縷の望みに全てを賭ける。
額の汗を拭った俺は震える声で尋ねた。
「こ、これ。切って平気だった?」
「全然。平気だよ。寧ろありがとう」
俺の妄想は杞憂に終わった。
心から目の前に居る女の子が白石ちゃんでよかったと胸を撫で下ろした。
白石はスプーンと皿を手に取り、
「代わりにこっちは私が分けるね」
と女子力を発揮する。
「是非ともお願いします」
女子に取り分けてもらったご飯はさぞ美味かろうと、思いながら深々と頭を下げていた。
白石は「大袈裟だなぁ」とふんわり微笑んだ。
早鐘の如く心臓が脈打つのを感じる。
今すぐにでも町内一周したい気分だ。じゃないとこの気持ちを抑えきれないぜ。
白石は興奮気味の俺に「どうぞ」と取り分けてくれた熱々のドリアを差し出した。
心から「ありがとう」と述べた。
「どういたしまして。それじゃあ、いただこう?」
「そうだな。いただきます」
この状況の全てに感謝してからドリアを頬張る。
口に入れた瞬間にトマトの酸味、そしてとろけるチーズに包まれたサフランライスが、口の中で踊り出す。
流石はミラノ風ドリア。不動の人気を誇るだけの事はある。
だが、いつもよりも格段に美味い。そう感じるのは、きっと目の前にいる天使。
白石ちゃんという名の最高のスパイスが効いているからだろう。
ふーふーと、冷ましてから口に運ぶ猫舌の彼女は、「美味しいね」と問い掛けてくる。
俺は感情を抑えつつ静かな声で、
「ああ、最高だ」
とピザを頬張った。




