モテモテ69
憂鬱な足取りでどうにか離れの居室まで辿り着いた。
微かに部屋の中から話し声が聞こえてくる。
飾霧以外に誰か来ているのかと、不思議に思いつつもドアを開いた。
俺の目に映ったのは、飾霧と黒笠が和気藹々と紅茶を嗜みながらソファに腰掛けている姿。
最初に目が合ったのは黒笠だった。
俺は自然といつもの定位置の椅子に向かいながらも、
「おう。来てたのか」
と挨拶をした。
「はい先輩。お邪魔しています」
礼儀正しく挨拶をしてくれる可愛い後輩に、癒されながら椅子に座った俺を冷たい視線が捉えた。
「何を恰も自分の家みたいに息巻いているのかしら、私から見たら滑稽そのものだわ」
毒を吐く同級生に可愛げはない。
「誰がいつ息巻いたって?」
「存在がいつも息巻いているわよね?」
「そこら辺のチンピラと一緒にするな」
「あら、違ったのね」
「当たり前だ」
一連の流れが終わると、黒笠は笑顔で手を合わせた。
「相変わらず。仲がいいのですね」
「どこが」「愚問ね」
同時に否定した俺達を見て、
「やっぱり仲がいいです」
と再度微笑みを浮かべる。
独特の空気を醸し出す黒笠に、二人はため息混じりで呟く。
「ーーこの子が居ると調子が狂うわね」
「ーー同感だ」
黒笠は何を思い出したのか突然声を弾ませた。
「そうだ先輩。私、飾霧先輩に歌を習おうと思うのです」
「悪い事は言わない。やめておけ」
心からの思いは表情に現れていた。いつになく真剣な声音に黒笠は弱々しく尋ねた。
「ーーどうしてですか?」
「どうしても、だ」
キッパリと言い切ると、黒笠は「そんな」と悲しい声を上げた。
一部始終を見ていた飾霧が立ち上がる。
「馬鹿が言う事を鵜呑みにする必要はないわ。私に任せなさい」
「飾霧先輩」
まさに師弟愛。
いい絵が撮れたので満足してもいいんだが、俺は飾霧の元へ反射的に駆け寄っていた。
そして、全身全霊を込めた小声で言う。
「おい。飾霧やめておけ。日野と同種。いや、それ以上の逸材だぞ」
その言葉の重みを理解したのか、紅茶を一口。飾霧は落ち着いた様子で口を開いた。
「ーーとは言ったものの。私も忙しい身の上。また機会があればご教示してあげるわ」
「そうですか……」
しゅん、とあからさまに肩を落とす後輩を放っておけない。
「そんなに気を落とすなって。それより今日はバイト休みなのか?」
「はい。休みです」
「そうか。今頃とは思うが、どんなバイトしてるんだ?」
「いかがわしいバイトを期待しているのなら無駄よ」
横からキラーパスが飛んできたので冷静に返す。
「誰がいつそんな事を言った?」
「雰囲気から滲み出ていたわ」
「な訳あるか」
「心が清らかな人にしか見れないの。そうよね。雫」
「ですね。出てます」
グルじゃねぇか。完全にアウェイな状況にお手上げだ。
それにしてもこの二人相性抜群だな。
「もうそれでいいから話を戻すぞ」
「認めるならそれまでね」
不満げな飾霧は脚を組んだ。
「確か、バイトは何をしているかですよね?」
「そうだ」
黒笠の問いに頷く。すると、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「……喫茶店です」
「喫茶店かぁ」「喫茶店ねぇ」
同時に呟く二人を見て黒笠は瞳を輝かせながら、
「流石先輩達ーー」
と言ったところで俯いた。
何故なら俺と飾霧が二人して睨みつけていたからだ。
小さくなった黒笠は、「ごめんなさい」と涙を浮かべていた。
少しやり過ぎたと後悔した俺は咄嗟に口を開いた。
「喫茶店って何するんだ?」
「馬鹿は黙ってなさい」
「知らないから聞いただけだろ」
「知らないから馬鹿だといったのだけれど」
「この野郎」
馬鹿な事を言って、空気を和ませようとしただけで滅多打ちである。
俺が歯を食いしばっていると、黒笠は慌てて割り込んできた。
「じ、実は私が勤めている喫茶店はケーキが凄く美味しくて。もし良ければ今度遊びに来てくれませんか!」
黒笠にしては大きな声だったので、多少なりとも驚いてしまった。
飾霧は心ここに在らずといった様子。
多分、黒笠なりに気を使ってくれたのだろう。
優しい後輩に誘われては断るわけにもいかない。
「ああ、行かせてもらおうかな」
飾霧も少し遅れてから口を開く。
「ーー是非お邪魔させてもらうわ」
異様に弾んだ声だったのは言うまでもなく。ケーキというワードのせいだろう。流石は甘党。
二人の良い返事を聞いた黒笠の表情はパッと明るくなる。
「約束ですよ」
「任せとけ」
「当然ね」
言質をとった黒笠はうきうきと言葉を踊らせる。
「先輩達が来てくれるなんて、凄く嬉しいです。なんだか今からドキドキしますね」
そんな彼女にドキドキした俺は凛々しい表情でこう言った。
「そんなに喜んでくれるなら毎日通うぜ」
それを見かねて飾霧が落ち着いた声で言う。
「迷惑だからやめなさい」
「そんな事ないよな。黒笠?」
黒笠に視線を移すと、複雑そうな表情を浮かべていた。
「えっと……毎日は遠慮しておきます」
「泣いていい?」
一応聞いたけど、もう泣きそう。
「違いますよ。嬉しいんですけど。毎日だとお金がかかってしまいますから、大変だと思ったのです」
慌てる黒笠は身振り手振りで必死に伝えようとしてくれていた。
「……俺の事をそこまで考えてくれていたのか。なんて優しい子なんだ」
後輩の優しさを噛み締めていると、視界に映る飾霧は笑いを堪えていた。
反射的に彼女を睨んだ。
「それに引き換え楽しそうだな。飾霧」
「……三文芝居も、思いの外……悪くないわね」
未だに笑いを堪えている姿を見て、呆れ気味に言う。
「本当にえらい違いだ」
「ありがとう」
「褒めてねぇわ。しかもそれ、黒笠にも失礼だろ。大体お前はーー」
流石に説教をしてやろうと本腰を入れた矢先、黒笠が割って入る。
「私は気にしていません。お二人と一緒にいれて幸せですから」
照れ臭そうに微笑む天使を見ると、心の奥から熱い何かがこみ上げてくる。
飾霧が瞳を丸くしている横で、感動した俺は涙を拭う。
「く、黒笠。お前って奴はどこまで……なんか欲しいものはないのか。おっちゃんがなんでも買うたるからな」
「いえ、特には」
「そうか。それは残念。おい。どうした飾霧」
初めて見る表情に思わず声を掛けていた。
「べ、別に、どうもしてないわよよ」
呆けていた飾霧は声をかけられ正気に戻ったと思いきや、かなりの重症だった。
「なんだよ。わよよって」
茶化すと、飾霧は勢いよく立ち上がった。殺されると思って俺は身構える。
「この辺で今日は帰るわ」
そう言って鞄を握った。
「なら、私もご一緒します。それでは先輩。さようなら」
先に部屋を出た飾霧の後を黒笠は追いかけて行った。
「さようなら。って帰るの早くねぇ?」
問いに答えてくれる人はもういない。取り残された俺は一人寂しく外を眺めていた。
暫くして、仕方なくティーセットを片付けようと机の上を見ると小説が置いてあった。
飾霧にしては珍しい。今まで忘れ物をした姿は見たことがない。
ついでにティーセットを片付けているのも見た事がない。これはどうかと思うが。
まぁ、俺が片付けなくても次の朝には綺麗に片付いてるんだけどね。
もしかしたら幽霊さんがいるのかもしれない。
それにしてもこれは好都合。
俺はメモ帳をちぎると、文字を書き折り畳んだ。
「これでよし」
ポケットからある物を取り出しセッティングをする。
準備が整ったので、心置きなく帰宅する事にした。




