モテモテ68
今日の俺は図書室で黙々と漫画を読んでいる。
だが、内容が全く頭に入ってこない。
原因は、さっきからうるさい程の視線を感じるからだ。
受付の椅子にちんまりと座っている白石は、ある方向をチラチラと何度も見ていた。
俺が我慢できずに彼女の方を見やると、示し合わせたかのように目が合う。
すると、顔を耳まで真っ赤にさせ本で隠した。
こっちまで何だか恥ずかしくなる仕草に俯かずにはいられない。
再度ゆっくりと顔を上げ彼女を見ると、また目が合う。
即座に本へと隠れる姿を見て、流石に居ても立ってもいられなかった。
俺は立ち上がり彼女の前へと歩み寄り声を掛ける。
「白石ちゃん」
本から少しだけ顔を覗かせ、
「……なんでシュ?」
と恥ずかしそうに様子を伺っている。
想定外の言葉に頭を抱えずにはいられなかった。
涼太が相手じゃないのにどうして語尾が『シュ』に?
これじゃモノホンの蒸気機関車じゃあねぇか。
一体、白石ちゃんの身に何が起きてしまったというのだ。
このままじゃ涼太は愚か、誰ともまともに話せやしない。
ーー彼女の人生は終わりだ。
待て。決めつけるのにはまだ早い。
一旦冷静に考えよう。俺が憂えてもこの事実は変わらない。
息を整え、冷静さを取り戻してから尋ねた。
「語尾がシュってなってるけど、どうかした?」
「……気のせいでシュ」
また言ったよ。気のせいじゃなくなっちゃったよ。
動揺してもいられない。白石の心を開く為に真剣な表情で口を開いた。
「ーー別に言いたくなければ言わなくてもいいんだ。でももし、白石ちゃんが困ってるなら力になれないかなって?」
言動が癇に障ったのか凄く睨まれた。白石は隠れていた本をぱたりと倒すと、図書室だというのに大声を上げた。
「茂木君のせいでシュ!」
唐突な申し出に「えっ! 俺?」と目を見開く。
コクコクと頷く白石を見ながら最近の出来事を思い返していた。
確か最後に白石ちゃんに会ったのは…………校舎前。「やっぱり」とほっぺを膨らませる超絶美少女白石ちゃんの姿が思い浮かんだ。
まさかとは思っていたけどトラウマになってしまっていたのか。
全てを悟った俺はバツが悪そうに首を掻いた。
「……もしかしなくても、この前のだよな?」
あの時の記憶が蘇ったのか、白石の顔はりんごのように赤くなった。
「ーーあんなに恥ずかしい姿見られたら、もう普通に接するのは不可能でシュ」
「本当にごめん。でもこの作戦は涼太が考えたやつだから、俺も期待しちゃってさ」
言うつもりがない事まで口走ってしまい、やばいと口を押さえながら白石の様子を伺う。
そんな俺の思いとは裏腹に彼女の瞳は輝いていた。
「本当でシュ?」
勝手に誰かの手を借りた事に対して怒られると思ったんだけど、杞憂に終わった。
そうか、相手が白石ちゃんの好きな涼太だったからよかったのか。とすればこのまま突き進むまでだ。
俺は「本当だとも」と大きく頷く。すると、白石は自然と笑みを浮かべる。
「なら、許します」
涼太に救われた俺はありがとうと心で感謝してから、
「いつの間にか語尾のシュが無くなってるけど」
と問い掛けた。
「よく考えると、津賀君に比べて茂木君は大したことないですもんね」
「ああ、確かに涼太に比べたら俺は月とすっぽん。緊張するのもおかしな話。ーーってちょいちょいちょーい! いくらなんでも失礼すぎるだろ」
「この前のお返し」
悪戯っぽく笑う白石を見て倒れそうになった。
可愛いじゃねぇか。仕方ないから許してやる。その顔面に産んでくれた親に感謝するんだな。
緩んだ表情に力を入れ直し、しみじみと本心を述べる。
「あがり症、早く治るといいな」
「うん」
と両拳を胸の前で作る白石の表情はとても凛々しく見えた。
ホームルームが終わり、涼太と別れた俺はとぼとぼと離れに向かって歩いていた。
急な眠気に大きく欠伸をしていると、背中を平手打ちされ乾いた音が鳴る。
反射的に振り向くと、明るく微笑む日野の姿が目に入った。
「元気ないぞー」
「ーーびっくりさせるなよ」
「ごめんごめん。でも背中が丸まってたから丁度いいかなって」
「丁度いいってなんだよ。それより何か用か?」
日野は悪びれた様子もなく、
「用はないんだよねー」
と笑う。
「ねぇのかよ!」
「うん。ただ見掛けたから声かけちゃった」
恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべるもんだから、変な汗が止まらない。
俺はどうにか威厳を保とうと平静を装う。
「ーーそうか」
「そうなの。私はこれから部活なんだ。茂木君は何すんの?」
「俺は……」
部活でいい汗流している日野と違って、俺がしている事は小っぽけで碌でもない事のように思えてしまい、直ぐには言葉が出なかった。
それでもこのまま無言でいる訳にも行かず、
「離れで適当に過ごすかな」
と答えた。
日野は「そっかぁ」と相槌を打つと怪訝な瞳を向けてくる。
「ーーてかあそこってなんなの? 前までは入れなかったよね?」
「ああ。あれは飾霧が入れるようにしたというかなんというか」
勝手に喋ると後が怖いのであやふやに答える。
日野は「ふーん」と納得いかない表情をしながらも、
「確かに飾霧さん凄いもんね。頭も良いし、運動も出来るって噂で聞いたよ。しかも、この前教えてもらったけど料理も上手いなんて、完璧だよ」
と饒舌に語った。
「まぁ、確かに凄い奴ではあるよな」
「なんか煮え切らない様子だねぇ。怪しい」
ジト目を向けてくるので即答する。
「いや別に、怪しくねぇよ」
「そうかな? 茂木君。飾霧さんと仲良いみたいだし」
「ふ、普通だけど」
ぐっと距離を詰めてくる日野の爽やかな香りに癒されていると、彼女は何か閃いたのか更に身を乗り出した。
「その反応ってもしかして、飾霧さんと付き合ってるとか?」
「な、何故そうなる。馬鹿たれが!」
慌てて声を張り上げた。一歩下がった日野は唇を尖らせる。
「えー。違うのか。意外とお似合いだなって思ったのに」
「ーー俺達がお似合いとか馬鹿言うんじゃねぇよ。こちとら犬猿の仲だぜ?」
今すぐに離れでの会話を披露したいくらいだ。
日野は「へー」っと、怪訝な瞳で続ける。
「そうは見えなかったけどなぁ」
「なんだその目は」
「べっつにー」
疑いの目はさらに強まる。
「そんな事より部活行かなくていいのかよ」
収拾がつかなくなる前に話題を逸らした。
日野は忘れていたと言わんばかりに瞳を丸くする。
「確かに行かないとやばいかも。また今度ゆっくりと、色々お話ししようね」
「別にいいけどよ」
今日みたいな話じゃない事を祈るばかりだ。
走り出した日野は立ち止まり、言い残した事があるのか振り返った。
「あ、それと。あれから料理の勉強頑張ってるから、また二人にご馳走するね。涼太君にも伝えておいてねー」
手をぶんぶんと大きく振ると、胸もぶるんぶるんと大きく揺れる。そのまま立ち去って行った。
だが、今はそんな事よりあいつの発言のインパクトの方がやばい。
またあんなモノを披露するとか、正気の沙汰ではないし。
飾霧に教えてもらっても改善不可能だったのに、いくら勉強したからといって上手くなるとは到底思えない。
確かに、どんな苦手な事でも諦めないで努力するってのは、尊敬できる。
だけど、俺を巻き込まないで欲しい。巻き込むなら涼太一人で十分だ。
とは言ったものの、いざその時になったら断れないんだろうな……
「マジで、勘弁してくれ」
溜息と共に溢れ落ちた本音は、重く重く地面の底まで響いていった。




