モテモテ63
金曜日の夜。身支度を済ませ、部屋で漫画を読んでいるとスマホに着信が入った。
どうせ涼太だろうと思い、軽い気持ちで電話に出る。
「よー」
『何様?』
いつものノリで電話に出たら、何様と来たもんだ。しかも女性の声。
俺に電話をかけてくる女性がいるとすれば、母ちゃんしかいない。
笑いながら返事をする。
「なんだ母ちゃんか」
『貴方のお母様になった覚えはないのだけれど。どうしてかしら、今は顔が見えない筈なのにとても気分が悪いわ』
俺の眠気を一瞬で吹き飛ばす毒舌。流石は飾霧ノア。
「やはり飾霧さんでしたか。それでこんな夜分遅くになんの御用ですか?」
『用事という程ではないのだけどね』
流石、意味不明な女ランキング一位は伊達じゃない。因みに俺が作った。
でも、ここで対応を間違えると面倒な事になるのは百も承知なので、感情を押し殺し的確な言葉を選ぼう。
「そうか。でも一応用事みたいなものはある訳だな?」
『聞きたいのね?』
落ち着け。落ち着くんだ。全然知りたくないけど、ここは冷静に答えろ。
「すごい聞きたいです」
唇を噛みながらなんとか耐えた。
すると耐えた甲斐があったのか、上機嫌な声が届く。
『仕方ないわね。実は先日言っていた作戦名を伝えてあげようと思っていたのよ』
「そんな事で」
本当にしょうもなかったから本心が出た。
となると、あのお方は黙っていない。
『今、何か言ったかしら?』
「いえ。何も言っておりません」
即答したら、『そう』と一言。どうにか間に合ったようだ。
飾霧は軽く咳払いをしてから「心して聞きなさい」と、大袈裟に前振りをする。
俺は仕方なくスマホに耳を傾けると、いつもと何も変わらぬトーンの声が聞こえた。
『作戦名は、男子の夢。ハーレムを体験しちゃおう』
「ハーレムを体験だって!」
ハーレムと言う言葉に喰らいつき、スマホに入り込む勢いだ。
『そうよ。モテるということは即ちハーレム。それを先に体験する事により。経験値を稼ぐの』
ーーハーレム
なんと甘美な響きであろうか。
男の夢を具現化した言葉こそハーレム。
かの有名な武神も言っておったな。「剣よりも、おっぱい両手に無双したい」と。
そんな夢のような作戦があるなんて、未だに信じがたいというか、全然実感が湧かないんだけど。
てか、絶対裏があるんですけど。
一喜一憂した後、神妙な面持ちで飾霧に尋ねた。
「あのー。言ってる意味はわかるんですけど。モテない俺がどうやってハーレムを体験するんですか? やっぱりお金かかります?」
『心配ないわ。私に任せなさい』
いつもながらに思う、自信だけは一人前。
飾霧は続けた。
『ーー決行日は追って連絡するわ』
「了解しました。隊長」
『次言ったら、針千本のーますーー』
そこで、通話は途切れた。
「あいつ、なんか生き生き歌ってなかったか? しかも、あいつが言うと冗談に聞こえないんだよ」
この後、俺は恐怖心で碌に寝ることが出来なかった。
「直。眠そうだな」
昼過ぎ、家を出ると爽やかな声が寝不足で冴えない頭に響き渡る。
俺はあくびをしながら答える。
「ーーああ、昨日色々あってな」
「そうか。行くのやめるか?」
「何を馬鹿な事を言ってやがるのですか!」
「眠くて変なテンションになってるぞ」
「気にするな。今日は俺の伝説の魔球を見せつけてやるから覚悟しておけ」
謎のフォームを涼太に見せつける。
「ああ、それじゃ見せてもらおうかな」
「その余裕が命取りになる事をこの時の涼太はまだ知らない」
「本当に大丈夫か?」
「黙れ。お前は俺の後ろを生まれたてのひよこのように付いて来ればいいんだ」
「はいはい」
堂々と歩む俺の後ろを涼太はスマートに歩く。当然、通り過ぎる女性達は涼太に釘付けである。
本当に瞳ってハートマークになるんだな。けっ!
目的地に到着したので早速受付を済ませ、靴を履き替える。
自分に合うボールを選び席についた。
先に椅子に座っていた涼太に向かって鋭く指を差す。
「今日こそお前に勝つ」
「お手柔らかに」
「その澄まし面が悲痛に歪むのが楽しみで仕方ないぜ」
「さて、歪むのはどちらだろうな」
「言ってくれるじゃねぇーの」
闘志を剥き出しにする二人が居る場所は、学生の憩いの場。
ーーボウリング場である。
俺と涼太は野郎二人で今から熱いボウリング勝負をするわけだ。
賭けなどは一切していない。賭けるのは己の魂で十分だ。
因みに俺は涼太にボウリングで勝ったことがない。
というかボウリングじゃなくても殆ど勝ったことがない。後一歩が届かない。
こいつに今日こそ勝つ。俺はいつになく燃えていた。
先手は直。俺は13ポンドの紫色ボールを使用。ハンドドライヤーを使い指を乾かし、ボールを持つ。
そして独特なホームでボールを投げた。
凄まじいスピンがかかっている。ボールはフックの起動でヘッドピンを貫いた。ピンは凄まじい勢いで倒れ、全てをなぎ倒した。
頭上にあるモニターにはストライクの文字が。
それを見る事もなく振り返った俺は指を差しながら一言。
「ストラーイクッ!」
「ナイス。ストライク」
爽やかに微笑むイケメンを睨みつけた。
「ガチの勝負にそんな馴れ合いは不要だ」
「馴れ合いというか。このぐらいは普通じゃないか?」
訝しげな涼太に俺は顎をしゃくり上げて催促する。
「異常だ。早く投げな」
「一体お前は何と戦ってるんだよ」
「目の前にいるおめぇに決まってんだろ」
「本気なんだな」
「当たり前だ」
強く頷いた俺の瞳を一瞬見やると、
「なら、俺も手を抜く訳にはいかないな」
強い意志を胸にレーンへと向かった。
「わかってんじゃねぇか。涼太。お前が熱い男だって事を俺は知ってるんだぜ」
「ああ、そうだな」
そう言いながら投げた青色のボールは綺麗なカーブを描き、ヘッドピンの横っ面を捉えた。
それが当然だというかのようにピンは全て倒れる。
先程と、同じモニターにはストライクの文字が、涼太もモニターを見ずに席へと戻る。
そして、澄ました表情で一言。
「これでいいか?」
「そうこなくっちゃ面白くねぇ」
いつになく楽しそうな表情で、俺は嵐のように席を立つのだった。




