モテモテ61
「せんぱい。せんぱーい。せんぱい? 大丈夫ですか?」
聞き覚えのある声が優しく耳に響く。
それに後頭部には感じた事もない柔らかい感触。ここが天国。
そう、錯覚するのに時間は然程掛からなかった。
俺は徐に呟いた。
「……あ、ここが天国か……」
「違いますよ。ここはカラオケボックスです」
そうか。ここはカラオケボックスという名の天国か。
それにしても聞き覚えのある声……確かこの声は、
「ーー痛たたっ」
突然、頭に激痛が走った。
「大丈夫ですか? 先輩。私の歌を聴いた途端、倒れたのです。覚えていますか?」
「そうだったのか。全く思い出せない」
額を押さえていると、
「でも無事で何よりです」
安堵した黒笠の微笑みが俺を見下ろしているんだが?
「ちょっといいか。俺、今どうなってる?」
「えっと、寝転んでますね」
「ほー。寝転んでいると。で、どこに寝転んでるんだ?」
「私の太ももの上です」
「ほー」
そうか。やはりここは天国だったという事だな。
女子に膝枕されるなんて、死んでもあり得ないと思っていたけど、死んだらあり得た。みたいな感じか。
それにしても相手が黒笠って事は、まさか!
「お前も死んだのか?」
「何を言ってるのですか?」
「すみません」
圧を感じたせいか咄嗟に謝っていた。
「別にいいですけど。目が覚めたみたいなので、もう退きますね」
「あ、はい」
最高級な枕はなくなり、残ったのは冷たいソファの感触。これが現実だと言わんばかりの硬さだった。
のそりと起き上がった俺に黒笠は突然頭を下げていた。
「本当にごめんなさい」
「どうした急に」
面食らっている合間にも、黒笠は立て続けに、
「……私。あの時だって、助けてもらったのに……全然変わってないですね。いつも先輩に迷惑ばっかり掛けてます」
申し訳ないと、弱った瞳が向けられていた。だからというわけではないが、俺は力強く言う。
「そんな事か。大した事ねぇよ」
思いの篭った声音に、黒笠は一瞬眼を見開くも小声で、「でも」と弱々しく俯く。
そんな彼女の頭に、ポンと右手を乗せ再度口を開く。
「いいから。お前は後輩なんだ。先輩に迷惑掛けるのなんて当たり前の事だろ」
「も、茂木先輩」
と、顔を上げる。
その表情は嬉しさの余り、潤んだ瞳からは雫が溢れ落ちそうになっていた。
俺は軽く頭を撫でながら、
「いいから、この話は終わりだ」
そう優しく囁いた。
黒笠は「はい」と返事した後にハンカチで涙を拭う。
俺は今日を振り返り口を開いた。
「それはそうと、結局力にはなれなかったみたいだな」
黒笠は「いえ」と素早く否定してから、
「そんな事はないです。先輩はいつも一生懸命で凄くかっこいいです」
さっきまで涙を拭いていたハンカチは強く握られていた。その行動だけで十分思いは伝わった。
だからこそ俺は目を逸らした。
「……そう面と向かって言われると照れるじゃねぇか」
アレ? 恋、始まったんじゃねぇ?
舞い上がった俺は口走る。
「なぁ。黒笠って俺の事好きか?」
やばい。つい口が滑って心の声が漏れた。
「はい。先輩として憧れています」
清々しいまでの即答。わかりきっていた答え。
黒笠の嘘偽りのない眼差しに耐えられなかった俺は、伝票を手に取った。
「よし。気付けばもうこんな時間だし帰るか」
「そうですね。今日は本当にありがとうございました」
「おう。気にするな。こっちもそのうち助けてもらうからよ」
「はい。先輩の為なら全力で頑張りますよ」
「そりゃ、心強いな」
この言葉への返事が今日一番の笑顔だった。
なに笑ってんだよ。いい雰囲気作りやがって、ふざっけんじゃねぇ。
そんな可愛い顔して、やる事はえげつねーな!
覚えてろよ。今までの分しっかりと利用してやるからな。
こうして今日も負のエネルギーが蓄積されるのだった。




