モテモテ47
勉強会は毎日続き、あっという間に土曜日になった。
やっと地獄から解放されたぜ! とでも言うと思った奴は前に出ろ。片っ端からぶっ飛ばしてやる。
俺は今、学校の離れに美女と二人っきりでいる訳だが……普通なら最高のシチュエーション。だけど、普通じゃないので今すぐに帰りたい。
なぜかと言うと、目の前に白いブラウスを第三ボタンまで開け、タイトスカート、黒ストッキングにヒール。そして右手には黒い棒状のムチを持っている。
謎のサディスティック女教師黒笠がいるからだ。
服装に関しては最高の一言なのだが、それ以外が最悪だ。サボれば打たれ、逃げようとすれば打たれ、スマホは取り上げられ、終いにはトイレまでついてくる始末。完全なまでに自由を奪われた。
なぜこんな悍ましい光景になっているのかというと、金曜日の放課後、飾霧の言葉から始まった。
「明日は休みね。このままだと一位は難しいかも知れないわ」
「そうか、残念だな。無論、家でも勉強はするぞ」
絶対しないけどな。やっと解放されるぜ。
「そう。いい心掛けね。でもそれだけでは足りないわ」
嫌な予感がする。そんな事を考えていたら黒笠がその嫌な予感を的中させる発言をした。
「それじゃあ。明日も勉強会をするというのはどうですか?」
「やはりそれしかないわね。なら明日、ここに十時集合でいいわね」
「いや、明日は別にやらなくても……」
無謀だとわかってはいるのだが、一応反対はしておく。
「やるかやらないかを決めるのは私なの。遅れたら、想像を絶する痛みを伴うことになるわ」
「絶対遅れないようにします」
黒笠がピシッと気をつけしている横で、俺は適当に声を上げる。
「はいはい。行きますよ」
やっぱり無意味だった。今ここで想像を絶する痛みは勘弁なので、従う他なかった。
「では、明日。それと、黒笠雫は残りなさい」
こうして今に至る。
にしても、黒笠を残らせたのはわざわざコスプレをさせるためだったとか、なんの意味があるんだよ。
ーーマジでありがとう。
もう午後一時だというのに、遅れるなって脅しをかけた張本人が全然来ないんだよな。
これは飾霧に想像を絶する痛みを与える必要がありそうだな。例えばムチでお尻を叩いたり……ぐへへ。
下卑た妄想はしているものの、ムチが怖いのでひたすらにペンを走らせる。
しばらくすると、ホワイトボードを使って勉強を教えてくれている黒笠先生が口を開いた。
「先輩どうですか?」
「まぁ、わかりやすいよ」
「本当ですか! とても嬉しいです」
弾むような声と表情なのだが、格好が卑猥だからそのギャップがありすぎて困惑する。
ブラウスからはみ出た赤のブラジャーにしか目がいかない。
「ーーこんな事で嘘なんてつくかよ」
「それもそうですね」
後輩に教えてもらうのは少しだけ抵抗はあったが、俺より頭がいいのだから仕方ない。
黒笠はもともと勉強が好きだったらしい。一年なのに二年の勉強もスラスラと説く。本当に先生みたいだ。
その先生に先輩とか言われると、なんだか気持ちいい。
だけど、これ以上勉強したくない。
どうにかして勉強から逃げようと口を動かす。
「……黒笠は勉強しなくていいのか?」
「大丈夫です。私のことは気にせず、どんどんやってください」
「もうやりたくないんだけど……」
「なにか言いましたか?」
「なんでもないです」
本音を言ったら、黒笠の表情が一気にサディスティックに変貌したので、これ以上は何も言えなかった。
やはり、悪い意味で性格が変わってしまったようだ。
「そういえば、いつになったら飾霧は来るんだよ」
話題を変えて勉強から逃げる。
「どうでしょう。一応昨日連絡は貰ったんですけど」
「連絡ってどんな内容」
「確か『申し訳ないのだけれど、私は明日遅れるから貴女に任せることになるわ。絶対に奴を逃がしてはダメよ。逃亡しそうになったらムチで血祭りに上げていいわ』とのことでした」
「それを真に受けちゃダメだよ」
「そうだったんですか?」
純粋無垢な表情で俺を見るんじゃねぇ。それにしても見た目はこの上なく汚れている。
「そうなの。だからちょっと休憩しよう」
「それはダメです。先輩のためになりませんから」
「ですよねぇ……」
御尤もな意見過ぎて、何も言い返せないじゃあねぇか!
仕方なく勉強を再開しようとしたら扉が開いた。そこにいたのは銀髪碧眼の美女、飾霧ノア。全く悪びれる様子もなく堂々としている。
黒笠は透かさず敬礼をした。
「飾霧先輩。任務は遂行しております」
「そう。ご苦労様」
「はい」
昨日振りなのに、軽く見惚れてしまっていた俺は少し遅れて言葉を口にした。
「ーー遅かったな」
「あら、居たのね」
毒を吐きつつ女王のような優雅で可憐な動作で歩む。ソファまで行くと、すっと腰を下ろす。
手に持っていた紫の風呂敷をテーブルに置いた。
「居るに決まってんだろ。そんな事よりそれなんだよ」
紫の風呂敷を指し尋ねると飾霧は堂々と答えた。
「これはお弁当よ」
「マジか! 俺の分もあるのか?」
飾霧は「あるわよ」とニコッと裏がありそうな笑みを浮かべると、鞄からあるものを出しテーブルの上へと置いた。
それを見た俺は声を張り上げずにはいられない。
「ドッグフードじゃねぇか! 俺は犬じゃねぇんだよ!」
俺のツッコミをものともせず飾霧はドッグフードを手に取った。
「これ高いのよ」
「高級なドッグフードだからって食うわけねぇだろ!」
ドッグフードをボトッと落としてフラットな表情で、
「そうなの。驚いたわ」
「全然驚いてねぇじゃねぇか!」
二人の不毛な争いを微笑ましい表情で見ていた黒笠が、うんうんと頷いた後に口を開く。
「ーー本当に仲がいいですね」
「どこがだ!」「愚問だわ」
二人を止めるのはやっぱり黒笠だった。
俺と飾霧はいつものように否定した後に黙る。この微妙な空気を変えようと黒笠が伺うように口を開く。
「そうだ。時間も丁度いいので、お昼にしませんか?」
席を立ち、鞄から黒くて小さなお弁当箱を出す。
黒笠も弁当を持ってきていたとは純粋に驚いた。流石女の子。用意周到って訳だ。
まぁ、一番驚いたのは花の女子高生の弁当箱の色が漆黒な事だったんだけどな。
「そうね。一応。全員分用意はしてあるから好きなだけ食べるといいわ」
「ありがとうございます」
「あるのかよ」
風呂敷を開けると、前見た事がある三段の重箱が降臨した。それを見るだけでヨダレが垂れそうになる。というかみんなの分あるのかよ。あのドッグフードなんだったんだよ。
「あるわよ。私はこう見えても優しいもの」
「そうですか、ありがたく頂かせてもらいます」
こう見えてもって自覚はあるのかよ。それじゃ、お言葉に甘えて食べるとしますかね。じゅるり。
「ふうー。食った食った」
「ご馳走様でした。すごく美味しかったです」
「お粗末様」
言うまでもなくめっちゃくちゃ美味しかった。俺は玉子焼きも合わせると三度目だから叫ばなかったが、黒笠は叫んでいた。
「そんじゃ、帰るか」
「どこに帰るつもりなの? そもそも帰る場所があるのかしら。いや、ないわね」
「おい。一人で完結するな。帰る場所ぐらいあるわ。てか、来た事あるだろ」
「そうだったかしら?」
ご飯でお腹も心も満たされいつもより絶好調な飾霧に、こちらも絶好調なので食らいつく。
「とぼけてんじゃねぇよ。黒笠言ってやれ」
「先輩、何を言っているのですか?」
「何って、えっ?」
仲間だと思っていた彼女に裏切られ、間抜けな面を晒す。それはそれは見事なまでのアホ面じゃった。
「貴方は妄想の世界で生きている生物なのね」
「可笑しな先輩」
「えっ? 嘘だ! 俺ん家来たじゃん。ほら、俺のこと縛ってめっちゃ踏んだじゃん」
二人の冷んやりとした視線と空気にいてもたってもいられず、俺は身振り手振りで必死に伝えた。
「そのくらいにしないと通報するわよ」
「先輩不潔です」
「なにこれ? よくわからない。俺ってなに?」
本当によく分からなくなってしまった。あのSMプレイは俺の妄想? だとしたら俺は相当キちまってる。薬とかには手を出してないはずなのに……
深刻に悩んでいると飾霧が口を開いた。
「ーー茶番はこの辺にして勉強を再開するわよ」
「そうですね。やりましょう」
何事もなかったかのように二人で勉強を始める。
「はー? 茶番? やっぱり来たよな。そうだよなぁ」
「まずは数学。早くしなさい」
俺の言葉を流し進めようとする飾霧に、更にしつこく尋ねる。
「ねぇ。来たよね? 妄想じゃないよね?」
「先輩。いい加減にしないと叩きますよ」
「はい……」
Sに覚醒しつつある後輩に見事なまでに蹴落とされる。
なんなのこれ。イジメから救って見方を一人増やしたはずなのに、敵が一人増えたんだがこれ以上どうしろと。あわよくば「先輩好き」ってなると思ったのに……もういい、勉強する。一位になって目にもの見せてやる。
この二人の無情な仕打ちに、俺は心新たにするのだった。




